第83回【新聞と戦争・アーカイブ】戦時統制:7

有料会員記事

[PR]

【2008年3月4日夕刊2面】

 45年、戦争は最終局面を迎えた。

 3月10日未明、首都東京が約300機の米爆撃機B29による空爆を受けた。焼夷(しょうい)弾で下町一帯などが焼かれ、死者は約10万人に上った。

 その日の日中、朝日新聞記者の武野武治(むのたけじ)(93)は、焼け跡を歩き回った。

 「街路がまだ熱かった」と武野はいう。

 燃えあがる我が家から逃げ出した人々が路上で黒こげになっている事実を、武野は見た。

 「でも書けなかった」

 翌日の東京本社朝刊(11日付)。トップ記事は被害の詳細は書かず、次のように報じた。

 「帝都各所に火災発生したが…

この記事は有料会員記事です。残り795文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

連載新聞と戦争アーカイブ(全107回)

この連載の一覧を見る