第63回【新聞と戦争・アーカイブ】戦場の記者たち:11
【2007年7月26日夕刊2面】
1944年、日本軍は中国にある米軍の基地を攻撃するため、大規模な進攻作戦を開始した。
キスカ島から朝日新聞の大阪社会部に戻った宮地健次郎(92)は同年2月、上海総局に転勤し、5月からその作戦に従軍した。
日本軍は中国・漢口から南下し、長沙を制圧した。だが、米軍の空爆は激しく、町は廃虚に。食料が不足し、盗んで「調達」した。
7カ月後、上海に戻った宮地は、翌45年1月に「長沙従軍報告」と題するルポを書き上げた。
その原稿は今も、宮地の自宅書斎に残っている。62年以上の歳月を経て薄茶色に変色した136枚の原稿用紙には、戦況が悪化する経過に加えて、行軍のつらさなども率直につづられている。
「手探りではふやうにして歩…