第64回【新聞と戦争・アーカイブ】戦場の記者たち:12

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【2007年7月27日夕刊3面】

 室内は異様な緊張感に包まれていた。

 1943年5月、東京の海軍省の2階。門田圭三(93)は、電話機からのアッツ島守備隊の通信に耳を澄ませる軍人たちを、部屋の外から見ていた。

 「生キテ捕虜ノ辱シメヲ受ケサル様覚悟セシメタリ」。「玉砕」の前、アッツの部隊はそう通信した。

 朝日新聞政経部の記者だった門田は、「黒潮会」と呼ばれる海軍省の記者クラブに所属し、大本営海軍報道部の発表を取材していた。報道部以外への取材は原則として禁止だったが、古株の黒潮会員である門田らは幹部の部屋にも出入りできた。

 今日、虚偽の代名詞のように言われる大本営発表だが、門田は「開戦からミッドウェー海戦までの半年は正確だった」という。

 42年6月、海軍は空母艦隊…

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