第67回【新聞と戦争・アーカイブ】戦場の記者たち:15

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【2007年8月1日夕刊2面】

 大阪の生駒山麓(さんろく)に岡田誠三が建てた家には今、次男の清治(64)が住んでいる。

 岡田が81歳で亡くなった94年6月のことだ。「弔花お断り」としたにもかかわらず、白いランの鉢植えを送ってきた人がいた。

 近くに住む、司馬遼太郎だった。大阪外国語学校(現大阪外国語大学)で学び、新聞記者から直木賞作家になった――など岡田との共通点も少なくなかった。

 清治はいう。「司馬さんもそうだったのかもしれませんが、戦後の父は、軍隊や戦争に関係することは徹底的に嫌っていました」

 そんな父の遺品を整理していて、清治は講演テープを見つける。81年7月に録音されたものだ。

 講演の中で岡田は、敗戦後の…

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