父・坂田藤十郎に捧げる 息子たちの新たな「曽根崎心中」

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向井大輔
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 上方歌舞伎の第一人者で人間国宝だった坂田藤十郎がこの世を去って1年あまり。京都・南座の「吉例顔見世(かおみせ)興行」で、息子たちが父の代名詞「曽根崎心中」を三回忌追善として上演する。ゆかりの人たちに聞いた。

 「曽根崎心中」は、江戸時代に実際にあった心中事件をもとにした近松門左衛門の「世話物」の第1号。醬油屋の手代徳兵衛が、友人の悪巧みで金をだまし取られ、遊女お初と心中を決意して曽根崎の森へと向かう。

 長らく上演が途絶えていたこの悲劇を、藤十郎は二代目扇雀(せんじゃく)を名乗っていた1953年に、宇野信夫の脚色で復活させる。21歳の藤十郎がお初、徳兵衛は父の二代目中村鴈治郎(がんじろう)だった。

 これが大当たりとなり、「扇雀ブーム」が巻き起こる。55年6月27日付の朝日新聞には、上京する扇雀を待ち構えたファンが東京駅に殺到し、扇雀らが荷物用のエレベーターを使って逃れたという熱狂ぶりが記されている。

 以来、藤十郎はお初を演じ続けた。95年に1千回を達成。「お初は自分の分身みたいなもの。肉体が続く限り演じ続けます」と述べ、言葉通り、2015年に83歳で1400回に達した。藤十郎はその時、「お初が私の歌舞伎人生を変えてくれました。1400回演じていても、毎回毎回、お初を新しく生きています」とコメントしている。

 「父のお初は、同じようで同じじゃなかった。いつも新鮮だった」。二代目鴈治郎が亡くなった後、徳兵衛を長くつとめ、一番間近で父のお初を見てきた長男の四代目鴈治郎は、そう驚きを口にする。

 徳兵衛は、大学生の時にいきなり代役で演じた思い入れのある役でもある。「生涯を通してやる役だと思っている。どういうことができるか。色々考えていることはある。それが新鮮に映ればうれしい」

記事の後半では、藤十郎さんをなんと初舞台(1941年)から見ている演出家の山田庄一さんにその芸について聞いています。

 そして今回、鴈治郎の徳兵衛、次男で三代目中村扇雀のお初で上演する。2人のコンビは2007年以来だ。

 3度目のお初を演じる扇雀は…

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