妹の死で終わったカーペンターズ もし生きていたら…リチャード語る

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定塚遼
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名曲の数々生んだ リチャード・カーペンターにインタビュー

写真・図版
リチャード・カーペンター=ユニバーサルミュージック提供

 「カレンが生きていたら、カーペンターズは……」。カーペンターズで数多くのヒット曲を作ったリチャード・カーペンターが朝日新聞の単独インタビューに応じ、カーペンターズについてや、32歳でこの世を去った妹でボーカルのカレンへの思い、日本での思い出について語った。

 「青春の輝き」「イエスタデイ・ワンス・モア」「遙(はる)かなる影」「トップ・オブ・ザ・ワールド」……。10月には音楽史に燦然(さんぜん)ときらめく楽曲群をピアノでカバーした23年ぶりの新作も発売した。

 ――久々の作品となりましたね

 2018年の末に、プロモーションのために日本に来たんです。朝の番組に出て生演奏をした。その時にピアノで「青春の輝き」を演奏したら、それを聞いたスタッフが「ピアノだけでやるっていうのはすごくいいんじゃないか」と。そこから始まったんです。

 ――カレンさんと2人で作り上げたこれらの歴史的な名曲群を、1人で弾くというのはいかがでしたか

 一緒にやるのに慣れているわけで、普通はやっぱりピアノだけじゃないですよね。そこにベースや木管、金管楽器が入る。そういった他の楽器があることで、曲は成り立つ部分があるので、それをピアノ1台でやるというのは、正直言って難しい作業でした。

 ――完成したものを聴いていかがでしょうか

 結果的にはすごく自分が気に入るものができました。確かに最初は難しかったんだけど、いったん慣れてしまえば、それは平気だった。慣れるまでが大変だったので。幸いとても良いスタジオで、優れたエンジニアとできたので、ものすごく居心地の良い雰囲気で制作ができた。これで終わりたくない、もっと作りたい、という気分でした。

 ――カーペンターズは魔法のように奇跡的なバランスで成り立っていたデュオだと多くの人が思っていると思います。半世紀が経った今、リチャードさんは、カーペンターズという活動を、どのように総括していますか

カーペンターズの曲作りの秘密 「家族だから…」

カレンの死について、あまり多くを語ってこなかったリチャードが、突然の死とカレンへの思いを明かす。また、カーペンターズの楽曲の50年後、100年後の未来を「想像できる」と自信たっぷり。そのわけとは? 「音楽の趣味が良い」という日本の聴衆への思いも語ります。

 カーペンターズは、自分たち…

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