三塁側内野スタンドの前から数列目、グラウンドまで7、8メートルの距離だった。
龍谷大平安高(京都)の野球部、原田英彦監督(61)は帽子を目深にかぶり、うつむき加減にグラウンドを見つめていた。
「あいつに変な意識をさせたらいけませんから」
視線の先にいたのは、プロ野球ヤクルトの左腕、高橋奎二(24)だった。
21日に京セラドーム大阪であった日本シリーズ第2戦。平安高の教え子である高橋は先発マウンドを任された。その姿を見ようと、球場を訪れたのだ。
プロ入りから6年目。高橋の投球を球場で見るのは初めてだ。ひと目見て、「筋肉がついて、体が大きくなったな」と分かる。
高校時代の高橋は、まだまだきゃしゃだった。ただ、野球センスは抜群。2年春の選抜大会では、背番号10ながら初優勝に大きく貢献してくれた。
性格は天真らんまんで人なつっこい。幼さ、体の細さ、かわいさから冗談交じりにこう呼んだ。
「赤ちゃん」
3年生になって高橋が「プロに行きたいです」と言い出すと、「何がプロじゃ! フロ(風呂)でも入っとけ!」と厳しく突き放したこともある。物足りない部分があったのもたしか。ただ、左腕の可能性は信じて疑わなかった。
「けいじー!」
試合前、平安高で高橋の1学年上で主将だった河合泰聖さんが監督の隣に来て叫んだ。「あ! こんにちは!」と高橋。気づかれてしまった。
ただ、変な意識をさせてはいけない、という監督の心配は完全に杞憂(きゆう)だった。
七回まで0―0の投手戦。「1点取られたら負ける試合。ずっとドキドキして、緊張して、しんどかった」という監督を尻目に、左腕は堂々たる投球を続けていく。
八、九回にヤクルトが1点ずつ奪って2―0。最後までマウンドを譲ることなく、133球でプロ初完封を達成したのだった。
試合後、目の前まできて手を振ってくれた教え子の姿に、自然と目から涙があふれていた。
ただ、監督を喜ばせる出来事は、これだけではなかった。
試合から数時間後、携帯電話…