「わたし しぬ こわいから」 残した手紙、女性が命を落とすまで

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柏樹利弘
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 名古屋出入国在留管理局(名古屋市港区)の施設で3月に亡くなったスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん(当時33)には、仮放免された場合に自宅で受け入れることを約束した日本人がいた。やりとりしていた手紙から浮かぶウィシュマさんの姿は――。

 「ここにウィシュマがいたら、どんな料理を作ってくれただろう」

 愛知県津島市のシンガー・ソングライター真野明美さん(68)宅の食卓には、イスラム教徒に欠かせないハラルフードなど、外国の料理がよく並ぶ。

 3年ほど前に知人に頼まれて以降、一時的に入管施設の外で暮らす仮放免が認められた外国人を、自宅に受け入れてきた。今はウガンダ人やキリバス人の男女5人がおり、ウィシュマさんも認められれば、ともに暮らすことになっていた。

 昨年12月半ば、初めて会った。収容者の支援団体に仮放免後の受け入れを頼まれ、施設で面会した。

 ウィシュマさんは元交際相手に暴力を受けたと訴えていた。「つらいことを思い出さないように」。気が紛れるよう封筒や画用紙、カラーペンを差し入れた。4日後に手紙が届いた。「あなたがいてくれて幸せです。たくさん手紙を書きます」。文通が始まった。

 手紙は英語や日本語で、飼い犬の思い出、趣味のギターなど話題はさまざま。年末には「2021年はすてきな年になるでしょう。あなたと家族に会えるから」と期待を記していた。

 鳥や花のイラストや「曼荼羅(まんだら)」を思わせる複雑な絵もあった。「何にでも関心を持つ聡明(そうめい)な女性なんだな」と感じたという。

 返信に、自ら作詞した曲の歌詞カードを送った。年明けの面会では、アクリル板越しに「即興ライブ」も開いた。

 しかし、このころから体調が悪化していく。

「ほんとうにいまたべたいです」

 1月半ば。食事が食べられず…

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