「そんなものより、ひとを捜せ」それでも…学芸員を支えた書き置き

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東谷晃平
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 大幅にかさ上げされた岩手県陸前高田市の旧中心部は、空き地が目立つ。

 この夏、その一角に市立博物館が再建された。

 「ここに入る予定の資料は、9割が被災したものです」と主任学芸員の熊谷賢(55)は話す。=文中は敬称を略します

近年、文化財の被災が増えています。大規模な災害に直面し、「レスキュー」に取り組んだ学芸員や研究者たち。その奮闘と、葛藤を取材しました。

 開館は来秋以降。換気などで有害物質を取り除く期間中で、まだ展示物はほぼない。

 2011年3月11日の東日本大震災で、443人いた同市職員は4分の1が犠牲になった。

 自宅も流された。当時配属されていた市立「海と貝のミュージアム」や、かつて長く勤めた市立博物館を訪れる時間がとれたのは、3日後だった。

 特に博物館は、流されてきた車や家屋が館内にまで入りこんで立ち入れず、当時の職員は6人全員が亡くなった。

 4月に入り、無事だった館の嘱託職員らとともに、被災して散乱した収蔵品を集め始めた。古文書、民具や漁具、市内で出土した化石や土器……。市民からの寄贈品も多い。

 ある日、貝の標本を拾っていると、近づいてきた高齢の男性に言われた。

 「ひとが見つかっていないんだぞ。そんなものより、ひとを捜せ」

 自らにも葛藤はあった。見透…

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