トリサポ餅屋 ささやかな奇跡の物語

寿柳聡
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 J1残留を果たせず来季J2で戦うことになった大分トリニータ。厳しかった戦いの傍らで、サポーター夫婦が営む餅店「餅屋清末(もちやきよすえ) 杵(きね)や」(大分県豊後高田市)に今季、ささやかな奇跡が起きた。憧れの選手との出会いや、埋もれていた商品の大ブレーク。飛躍のきっかけをつかんだ店主は「来季は正念場」とチームに店を重ね、大きな目標を新たに定めた。

 「ピーナツ餅は完売です。午後1時ごろ追加が届きます」。11月7日、大分とG大阪が対戦した昭和電工ドーム大分(大分市)に初出店した「杵や」3代目の内梨稜也さん(27)は、続々と訪れるトリニータのサポーター(トリサポ)に恐縮しながら声をかけていた。内梨さんもトリサポの一人。昨年5月までは大分市内の総合病院の看護師だった。

 人と接するのが好きで、患者とより密に接することができる小規模な介護施設などへの転職を考えていた時、妻の真希さん(29)から「杵や」を営むおじが廃業を考えている、と聞かされた。真希さんにとって、祖父母が始めた思い出深い店。雑談の形だったが、内梨さんは「杵やを守って」という真希さんの思いを感じ取った。

 店があるのは「昭和の町」。昔ながらの風情から観光名所になり、東野圭吾さんの小説を原作にした映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟(きせき)」のロケ地にもなった商店街だ。見学に行き、餅を食べてみた。県産もち米にこだわった餅は、内梨さんには「衝撃だった。コシも香りも全く違った」。それまではパックの切り餅を正月に食べる程度だった。

 初代考案のピーナツ餅も食べた。豊後高田産ピーナツと砂糖を混ぜ込んだほんのり甘い餅は、食べ始めたら何個も口に運んでしまうおいしさだった。

 「なくしたくない味。自分のように餅になじみがないだけの若い人に良さを伝えられれば、売り上げは伸びる」と決意を固めた。餅作りを一から学び、昨年12月に3代目に就いた。ツイッターインスタグラムで商品作りとともに日々の思いなども発信し始めた。

 内梨さんも真希さんもサッカー経験者。2人とも親が年間パスを持つトリサポで、子供のころから応援に行っていた。トリニータの話題も発信すると、じわじわと反応が増えてきた。

 「トリサポの餅屋」として知られ始めた6月末。内梨さんはツイッターに届いたメッセージに、がくぜんとした。チーム最多得点の大黒柱、町田也真人選手からで、「昨日お伺いしました(笑)。また行きます。トリニータを応援していただきありがとうございます」という言葉に、店休日で扉が閉まった店の写真がついていた。

 新型コロナ禍で観光客が減り、杵やは店頭販売を主に土日祝に絞り、製造中心の平日は閉めていることも多い。町田選手が来たのは平日。自分の間の悪さを恨めしく思いつつ、「来てくださる時はいつでも開けます!」と返事をすると、町田選手は特別扱いを遠慮し、通常の営業日に来ると返してくれた。

 9月の祝日。町田選手は家族と一緒に来店。サインに快く応じてくれた。夢のような出来事をSNSで報告して以降、店に足を運ぶトリサポが一気に増え、ピーナツ餅を写真を添えて絶賛する投稿も増えた。

 ありそうでない素朴な味がくせになり何度も買ってくれる人も出始め、「知ってさえもらえれば」という直感は正しかった。試合会場で物販を手がける会社の目にとまり、出店を誘われた。7日のG大阪戦で売れたピーナツ餅は8個入り約500袋、4個入り約600袋。日持ちしないため前夜から休まず作った数千個が完売した。

 ピーナツ餅をきっかけに、地元産そば粉を使ったせんべい「そばせんべ」や「かぼすまんじゅう」「きねつき餅」など他の商品の売れ行きも伸びてきた。

 大分は「1年でJ1復帰」を掲げる。悔しさを共有した内梨さんも気持ちを切り替えた。「J2だと観客動員数にも影響が出るはず。またドームに出店させてもらえる時、集客の力になれるような店になる」

 チームのスポンサーに年数万円からなれると知ったが、今はがまんした。餅やまんじゅうを配る行事が新型コロナ禍で激減し、経営にまだ不安要素がある。

 「今年なったけど来年はダメ、とはなりたくない。1年後にJ1復帰を果たした時、末永く続ける自信をもってスポンサーになるのが理想。一緒にはい上がるつもりでがんばります」(寿柳聡)