(魂の中小企業)墓石、樹木葬、永代供養 がんばる元気!

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 大阪市という都会をぐるりと回るJR大阪環状線。その中にある玉造駅から少し歩くと、大應寺がある。

 ビルで囲まれたお寺である。1614年、大坂冬の陣で豊臣方についた真田幸村がつくった出城の跡とされる。

 そこに霊園がある。名付けて、

 「真田丸御廟(ごびょう)」

 永代供養と樹木葬の霊園である。

 プロデュースしたのは、「阪神総商」という会社だ。兵庫県尼崎市に本社があり、東京や岡山にも拠点がある。

 この会社は2011年に設立。全国50カ所以上の霊園、お寺の活性化を手がけてきた。亡くなった方の思いを、遺族、子孫に残していくには、どうすればいいのか。とことん考えている会社である。

 社長は、田中元気さん、40歳。

 今回のコラムでは、「田中」ではなく、「元気」として紹介させていただく。

 なぜなら、少なくとも私(このコラムの筆者)は、涙なくして読めなかった漫画への思い入れが強いからだ。

    ◇

 元気は、兵庫県の尼崎市に生まれた。両親は豪華な飲食店を経営、3階建ての家に住み、それなりに裕福だった。

 生まれたとき、田中は未熟児だった。だから元気と名付けた、というのが母の説明。もっとも、ボクシング好きの父が、ボクシング漫画「がんばれ元気」が大好きだったから、が本当のところらしい。

 元気は、進学塾に熱心に通った。

 〈ボクは、勉強もスポーツもできるヤツになるぞ〉

 ところが、小学5年のとき、親の商売が傾く。家を売却し、築30年以上たっている家の2階に引っ越す。親は1階でラーメン屋をはじめた。

 転校で、元気はいじめにあった。

 〈ボクは強い男になるんだ〉

 ボクシングを始め、みるみる強くなっていく。中学に入ると不良がたくさんいた。もちろん、元気は、あからさまには拳は使わなかった。でも、やはり強い。友だちのケンカに助っ人として駆り出された。

 そんな日々に飽きたので、ケンカをやめて勉強、工業高校に進む。ここで技術を身につけ、大学に進んで、企業に就職して……。そんな未来予想図を描いていた。

 幼稚園からの幼なじみがいた。自動車関連の工場を営んでいた彼のお父さんに、こう言われた。

 「遊ぶより仕事の方がおもろいで!」

 元気の心にグサッと刺さった。

 〈もう学校に行ってる場合やない。オレは会社をつくるんや〉

 高校を1年で中退した。どん…

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