「燃える男」の面影惜しまれ、星野仙一記念館閉館 収蔵品は倉敷市に

小沢邦男
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 中日、阪神、楽天で監督を務め、2018年に70歳で亡くなった星野仙一さんが残した品々を展示してきた「星野仙一記念館」(岡山県倉敷市)が30日、閉館した。星野さんの野球人生を凝縮したような地元の空間には、08年の開館以来30万人以上が訪れ、大勢のファンが閉館を惜しんだ。

 中日時代の1974年に受賞した沢村賞の記念メダル、優勝を決めた試合のユニホーム、小学4年のときに母に買ってもらったグラブ――。訪問者はこの日も、グッズの向こうに浮かぶ「燃える男」の面影に目を輝かせていた。閉館を発表した10月15日以降、8千人以上が来館。教え子の与田剛・前中日監督や楽天の銀次選手も訪れたという。

 岐阜県多治見市の今井俊雄さん(67)は中日時代からの長年のファン。「現役でも3球団の監督としても優勝し、日本一にもなった」「有言実行の人。こんな野球人はもう出ない」と止まらなかった。自身もゆかりの品々の収集家で、数点を記念館に寄贈。「大勢のファンに見てもらえた。感謝したい」

 兵庫県西宮市の白野美貴さん(41)は、夫と長女の3人でそろいの阪神のユニホーム姿で来館。「以前ここで星野さんに書いてもらったサイン入りです」と誇らしげ。「父のような厳しさと優しさを持ち合わせていた方。閉館は残念だけど、ここで中日時代の姿も見られたおかげで、ますます星野さんが好きになりました」

 延原敏朗館長(80)は星野さんとは趣味のゴルフなどを通じて40年来の付き合いだった。阪神監督としてリーグ優勝を決め胴上げされたときのユニホームを贈られ、「たんすの肥やしにはできない」と思ったことが開館のきっかけ。当時400点ほどだった収蔵品は千点超にまで増え、「一野球人の資料をこれだけそろえた施設、そうはない」。

 しかしコロナ禍での相次ぐ臨時休館に自身の健康問題が重なり、閉館を決意。収蔵品はすべて倉敷市に寄贈する。閉館間際のあいさつでは「星野仙一を愛してくれた方々のおかげで今日まで続けられた。寂しいが悔いはない」。美観地区周辺で公開してほしいと倉敷市に託し、施設を閉じた。(小沢邦男)