「宮ゆず」、一流を魅了 栃木が誇る逸品

池田拓哉
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 2020年7月、中禅寺湖畔(栃木県日光市)に開業した高級ホテル「ザ・リッツ・カールトン日光」に、「宮ゆず」は欠かせない食材だ。

 宮ゆずは宇都宮市産のブランド品種。ホテルでは複数の産地のユズが使われているが、宮ゆずはスタッフの評価が高い。総料理長の早坂心吾さん(40)は「他の産地と比べて香りが強く、味にえぐみがない。透明感が際立っている」

 「ホタテ貝とタラバガニのマリネ」には宮ゆずを刻んだピクルスが交じり、さっぱりした味わいが口中に広がる。「白身魚のカルパッチョ」は宮ゆずの果汁との調和を楽しめる。和食会席の「カブとカニのお椀(わん)」は添えられた宮ゆずの皮が香りと彩りを与える。「鮮度が落ちずに調理できる冷凍加工の技術も素晴らしい」

 宇都宮市北部の新里地区で栽培される。国内の主産地では北限とされる。

 ホテル開業前、早坂さんは「床井柚子(ゆず)園」の床井光雄代表(67)の果樹園を訪れた。国内を代表するフレンチシェフで宇都宮市出身の音羽和紀さん(74)が引き合わせてくれた。

 初夏、約250本のユズの木が太陽の光をいっぱいに浴びていた。「量より質」という床井さんの哲学が感じられた。「木の高さを低くして収穫をしやすくしているんですよ」。床井さんの言葉に、栽培に携わる地域の人々への温かいまなざしも感じた。

 「床井さんから『宮ゆずを使ってほしい』と言われたことはないんです」

 宮ゆずは、床井さんの父・忠雄さん(故人)が1964年に栽培を始めた。高度経済成長のまっただ中、東京五輪に国内が沸いていた。「これからは嗜好品(しこうひん)の時代に入る」。まだ流通が少なかったユズに目を付けた父だが、県内に本格栽培を手がける農家はなく、埼玉や高知に出向いて指導を仰いだ。

 苦節10年、ようやく初出荷にこぎ着けた。その後、関東有数の生産地となったが、九州・四国地方の割安なユズが関東に出回り始めると買いたたかれた。生産者は意欲を失い、耕作放棄地が広がった。

 2010年、忠雄さんが死去。床井さんがユズ園を継ぎ、十数軒の農家のまとめ役となった。長く造園建設会社を営み、ユズ栽培には関わっていなかった。それでも「産地が崩れたら農村も崩壊する」。危機感が情熱につながった。

 他の産地と比べて冷涼な気候で育つ宮ゆずはやや小ぶりで皮が厚い。父の代では弱点とされたが、弱点を逆手にとった。皮の厚みが強い香りを醸す点に着目した。

 果汁だけでなく、果皮を粉末や冷凍スライスに加工することで、様々な商品開発に生かしてもらえると考えた。現在、ザ・リッツ・カールトン日光など十数社と契約する。スイーツ、ビール、餃子(ギョーザ)……。農園に加工場を整えた。宮ゆず栽培を再開する農家も次第に増えた。

 父が100本から始めた宮ゆずは、地域で1千本に広がった。近年はパリで紹介され、海外の料理人との取引も始まっている。

 「一流のプロは自然と互いを引きつける。大量消費の時代は終わり、少量でも良質のものを求める時代が来た。宮ゆずを50億円を生み出す地場産業に育てたい」と床井さん。嗜好の時代を見抜いた父の目も、また一流だった。

 早坂さんらホテルスタッフは、農業と農村が持続できるビジネスを追い求める床井さんに共感し、宮ゆずの収穫を手伝うようになった。新里ネギ、とちおとめ、那須の黒毛和牛……。早坂さんは栃木の食に大きな可能性を感じている。

 栃木県は昨年12月、23年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)の関係閣僚会合を日光に誘致する計画書を外務省に提出した。会議場にはザ・リッツ・カールトン日光をあげた。「サミットは、生産者や料理人の情熱の融合を披露する最高のショーケース。栃木の魅力を世界に発信したい」(池田拓哉)

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 うまい食べ物は人を幸せにしてくれる。うまい食べ物は人を引きつけ、いつまでも記憶に残る。食をめぐる様々な物語を県内各地でさがしてみた。