「裏アカ」調査は法的にセーフ? 「やったもん勝ち」に歯止め必要

聞き手・市原研吾 ※条文は抜粋して要約
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 就職活動中の学生らが匿名で使うSNSの書き込みを、企業側が調べて採否の参考にしている。こうした「裏アカウント」の調査は、厚生労働省が望ましくないとする「身元調査」にあたる恐れはないのか。労働法が専門の岩手大人文社会科学部の河合塁・准教授(46)に聞いた。

 ――身元調査にあたるのでしょうか。

 結論から言うと、すぐには身元調査にあたらないが、調査のやり方次第ではあたる可能性もあります。

 厚労省のガイドラインで「配慮すべき」と記されている身元調査は、出身地域や家族の借金の確認などを意味しています。入社希望者の適性や能力に関係なく、本人の意思ではどうにもならないことで採否を決めるべきではない、という考えが根底にあります。

職業安定法5条の4(求職者らの個人情報の取り扱い):業務の目的の達成に必要な範囲内で個人情報を収集、保管、使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合はこの限りではない。(※条文は抜粋して要約)

 1999年に職業安定法が改正され、入社希望者の個人情報取り扱いの規定ができました。これに伴い労働省(現厚労省)は指針を作り、収集してはならない個人情報を列挙しています。本人の同意があっても、特別な事情がない限りこの収集を認めていない。

 例外もありますが、保守系の政党職員になろうとする人が革新系の政党の熱烈な支持者でないことを確かめるとか、極めて限られたケースを想定しているのだろうと思います。

 ――そのルールは守られているのでしょうか。

 企業は、収集が禁じられている機微な情報を意図的に集めようとはしていないでしょう。でも、採用企業や調査会社がSNSを調べていて、意図せずにそうした情報に接してしまうことがあります。

「身元調査」になるおそれも

写真・図版
労働法が専門の河合塁・岩手大准教授=2021年11月16日、盛岡市の同大学、市原研吾撮影

 いったん見てしまえば気になるもの。実際に、それがもとで不採用とするケースもあるでしょう。そうなれば職業差別につながる身元調査と変わらなくなります。

 ――たまたま機微情報が目に留まって不採用になった場合、就活生はそれを把握できるのでしょうか。

 把握は困難でしょう。企業は本来は、偶然に機微情報に接しても、それを理由に不採用にしてはいけない。でも、企業はSNS調査をしていることを明示していないし、その調査で不採用になっても理由が就活生に説明されることはまずない。不採用の理由を確かめようがないから、違法性を立証できない。

 調査は「やったもん勝ち」になってしまっています。現行法や指針は、就活生側が気づけないSNSの調査を想定しておらず、実態に追いついていないと言えます。

 ――実態に合ったルールはどう作ればいいのでしょうか。

 SNS調査をもとに不採用にした場合に、就活生から質問を受ければ企業は理由を説明すべきです。

 私は、企業に説明させるように法令を改正したほうがいいと考えますが、現実的にはハードルが高いでしょう。まずは国が指針で、企業の努力義務を設けたらいい。それでも「やったもん勝ち」に一定の歯止めはかかることになります。

知ってる? 三菱樹脂事件

 ――憲法は企業の採用の自由を認めています。一方で思想や表現の自由、プライバシー権も認めている。両者は対立しないのでしょうか。

 「三菱樹脂事件」という有名な争いがあります。

 63年に同社に採用された男性が、学生時代に安保闘争に参加したことを面接で隠していたとして、3カ月の試用期間後の本採用を拒まれたという事案です。

 男性は思想信条の自由の侵害にあたるとして、雇用継続を求めて提訴しました。最高裁は73年、特定の思想信条をもつ人の雇用を拒んでも違法とはいえないと判断した。この判決は、採用の自由を過大視し、思想の自由や法の下の平等を軽んじたとの批判を受けました。

 今どきのSNS調査と比べると、発言・行動の性質や重みは違いますが、自由であるべきプライバシーに踏み込んでいるという根っこは一緒です。

 企業がSNS調査をやる場合、機微情報には接しない、また偶然に接してもそれを理由に不採用にしない、という線引きが守られるなら、採用の自由と思想の自由の両方がある程度は保障されるはずです。

 ――米国では入社希望者の身辺調査が当たり前に行われていると、調査会社は紹介しています。

 確かに、調査が普及しているという統計もある。ただ主に犯罪、事故、懲戒処分、薬物使用、自己破産の経歴を確認しているようです。特に最近は、余計な情報に接することで差別につながったと言われないよう、SNS調査には慎重な姿勢が見えます。

 日本で行われているSNS調査は、広い範囲の情報を調べていて違いも目につく。日本でも調査項目を限定するなど、差別につながらない工夫を考えていくべきでしょう。(聞き手・市原研吾)

厚生労働省の「適切に対処するための指針」

(職安法5条の4の解釈について説明)

 次に掲げる個人情報を収集してはならない。ただし、特別な職業上の必要性が存在し、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでない。

イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地などの社会的差別の原因となるおそれのある事項

ロ 思想及び信条

ハ 労働組合への加入状況(※条文は抜粋して要約)

     ◇

 かわい・るい 中央大大学院博士課程を修了。企業年金連合会に13年勤め、2013年から現職。専門は労働法、社会保障法。17年度にゼミの学生たちが就職活動時のSNS調査の問題を研究し、他大学との合同研究会「東北ジョイントゼミ」で成果を発表した際に、指導を担当した。被災地の労働法上の問題も研究している。