世界遺産登録めざす彦根城、明治期に天守解体の危機 そのとき住民は

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筒井次郎
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 国宝・彦根城滋賀県彦根市)の天守について、解体予定だった明治政府に対し、旧城下町の住民が保存や払い下げを求めようとしていたことを示す文書の草稿が見つかった。県と市が目指す彦根城の世界遺産登録を学術的に後押しする史料として期待されている。

 草稿は「彦根城天守閣御(お)払い下げにつき願書案」。縦25センチ、横17センチの用紙4ページ分ある。江戸時代に彦根藩主だった井伊家が、明治~昭和期に残した約1万8千点にのぼる「井伊家近代文書」のひとつ。彦根城博物館が2016年から5年かけて調べた際に発見した。

 1878(明治11)年ごろ、旧城下町の10区に分けられた地域の代表が県などの役所に送ろうとした文書の下書きだ。赤い字での修正が多く、何度も表現を練ったことがうかがえる。この草稿を元にした文書が、実際に提出されたかどうかは分かっていないという。

800円で売却決まり、解体寸前

 当時、彦根城は明治政府・陸軍省の所管だった。彦根市史によると、78年には不用な建物が取り壊されることになり、天守も800円で売却が決まった。足場が掛けられ、解体寸前だったという。

 そんな中、草稿は「(彦根の)人民は年々衰え、日々に貧しく、心持ちも地に落ちて、奮起することができません」と、現状を嘆く文章から始まる。「衆心は愁眉(しゅうび)(心配顔)の者ばかり」「地中に潜んで春を待っている虫が陽春を得られないような気持ち」と苦しい思いを書き連ねる。

 そのうえで「天守閣を連続す…

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