1+1は∞? 安藤桃子さんを育てた父・奥田瑛二の独特すぎる教育法

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高橋美佐子
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 映画監督の安藤桃子さん(39)は、今の職業を選んだ自身の人生に父親の存在が大きく影響していると言います。その人とは、俳優で映画監督の奥田瑛二さん(71)。ちょっと変わった親子関係は11月に出版したエッセー集『ぜんぶ 愛。』(集英社インターナショナル刊)でも触れられています。桃子さんにお父さんの魅力を聞きました。

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 1982年、東京都生まれ。2011年に初の長編小説『0・5ミリ』(幻冬舎)発表、その後に自らの監督・脚本で映画化。14年に高知県へ移住、小学校に通う娘と二人暮らし。妹は俳優の安藤サクラさん。

 5歳の時、父に「10歳になったら将来何になるのかを宣言せよ」と通告された。父は10歳で「映画俳優になる」という夢を抱き、ちゃんとかなえていたからだ。それ以降、桃子さんは自分が何をしている時が一番楽しいかを必死に考え、探し続けて、10歳の時には「絵を描く人になる!」と宣言した。

 母はエッセイストでコメンテーターの安藤和津さん(73)で、両親とも芸能界で活躍する人気者。現在は俳優になった妹の安藤サクラさん(35)ともども、子どもたちもいや応なく目立つ存在だった。同居する祖母も含めて「曲者ぞろい」の家族。自宅にはいつも業界の人々が大勢出入りし、平穏な生活とはかけ離れていた。

 「母は少女のように可愛らしく『大丈夫。何とかなるわよ!』と明るく元気で、何でも楽しもうという気持ちの人。だから家族として成り立っていたんだと思います」

 父はとりわけ長女の桃子さんを「自分の分身」ととらえ、食事の仕方から礼儀作法までスパルタ方式で厳しく教え込んだ。その上で、固定観念をぶち壊せと迫ってくる。

 例えば、高級レストランに連れて行くなり「お前が偉いわけじゃねぇ。苦労が足りない」と、下積み時代がどんなに大変だったかを延々と披露する。桃子さんが中学でソフトボール部に入ればキャッチボール練習に誘い、気づけば元球児の威信をかけた豪速球を投げ始め、娘の顔に当たって鼻血が出ても「子どもみたいに顔面で受けるんじゃねぇ!」と怒る。ただの一般論に「それは誰が決めた? 誰がそんなこと言った!」とかみ付いてくる。

 「親子っていうより、伝統芸能を守る家によくあるような師弟関係でした」

 独特の教育方針は、しばしば…

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