「登山部、地域クラブ化して」 雪崩事故で息子亡くした父親の訴え

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編集委員・中小路徹
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部活文化を問う

 死者8人、負傷者40人――。

 2017年に栃木県那須町で起きた雪崩事故は「山の事故」であり、多数の高校登山部員と教員を巻き込んだ最大級の「部活動の事故」だった。

 事故は同年3月27日、栃木県高校体育連盟の登山専門部が開いた春山安全登山講習会で起きた。そして、大田原高の登山部員7人と教員1人が犠牲になった。

 この講習会は、1950年に5人が亡くなった佐野高の雪崩事故の教訓として、58年に始まったのがルーツ。遺族らが「ブラックジョークのように思える」と表現する事態となったのだ。

 何が起こったのか。

 栃木県教育委員会が設けた学識経験者らによる事故検証委員会が、同年10月に出した最終報告書に基づき、事故の模様を再現してみる。

 この日は2泊3日の日程の最終日だった。7校の生徒46人が5班に分かれて参加。朝5時頃に起床し、朝食をとった。前日は、雪上歩行訓練や滑落防止訓練、雪洞の作り方などの実技を学んでいた。

 この日は茶臼岳を登る雪上訓練が予定されていた。しかし、降雪が多かった。そこで、登山専門部の委員長(大田原高教員)と副委員長、専門委員(ともに真岡高教員)の3人が、スキー場や周辺の樹林帯を使い、雪をかき分けて進むラッセル訓練に切り替えることに決めた。3人はいずれも登山歴が22~35年と長かった。

 8時頃、各班がゲレンデを進み始めた。

 大田原高は部員12人で班を組んだ。責任者として引率したのは、副委員長の真岡高教員。もう一人、大田原高の教員が加わったが、登山歴1年と経験は浅かった。

 こうした編成になったのは、大田原高教員でもある委員長が本部の連絡役となったほか、前日まで参加していた別の大田原高の教員が、学校での執務のため不参加になったからだった。

 実は、この編成は事故の背景の一つとなる。

「部活動最大級の事故」を引き起こした要因は何か。最終報告書をさらに読み解きます。記事後半には、再発防止を強く願う「遺族・被害者の会」の提言を詳しく紹介します。

 現場の視界は悪くなかった…

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