地元選手が花添え、ボランティアが支え 最後の福岡国際マラソン

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前田伸也、伊藤隆太郎 杉山あかり
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 75回の歴史を重ね、数多くの名ランナーが駆け抜けた福岡国際マラソンは5日、幕を閉じた。地元ゆかりの選手が上位に入り、最後の大会に花を添えた。地元のボランティアたちは惜しみつつ、師走の街を走る選手たちを最後までサポートした。

2位の細谷選手「歴史ある地元の大会、名残惜しい」

 優勝したマイケル・ギザエ選手(27)はケニア出身で、福岡第一高校(福岡市)の留学生だった。福岡国際マラソンにはペースメーカーを含めて6回目の出場で、昨年は4位だった。レース後の記者会見で「福岡は大好きな都市。最後のチャンスで優勝でき、本当にうれしい」と語った。

 高校時代は駅伝部に所属し、高校駅伝県予選では1、2年時に準エース区間の3区を走った。高校時代の恩師、中山徹監督(42)によると、飛び抜けたスピードをもつ選手ではなかったが、頑張り屋で、周囲の日本人選手を引っ張るタイプだったという。

 大会前日の4日、ギザエ選手から「すごく調子がいい。先頭で走れそうだ」と電話があった。35キロ過ぎでは苦しそうな表情も見せたが、「苦しい顔をしながらもしっかり走るのは高校時代と変わらない」と振り返り、初優勝を喜んだ。

 日本選手最高の2位でゴールした細谷恭平選手(26)は黒崎播磨北九州市)の陸上競技部主将。「後半に足が残らず、先頭に追いつくのがきつかった」。終盤は日本選手トップを狙うことに切り替え、2016年の70回大会の4位という陸上競技部の最高記録を更新した。

 「歴史のある地元の大会が終わるのは名残惜しい。もう一度チャレンジしたくなる大会だった」と細谷選手。「序盤の速いペースで最後まで押していけるよう無駄のない走りをしたい」と、今後を見据えた。

 渋谷明憲監督(44)も「地…

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