古代庭園の実像に迫る ルーツはどこか、飛鳥の苑池めぐり討論

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編集委員・中村俊介
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 飛鳥京跡苑池(えんち)(奈良県明日香村)の発掘がこのほど、一区切りを迎えた。調査を通じて、7世紀の王宮の庭と一体になった巨大な池が浮かびあがった。古代の都で貴人たちがめでた庭園とは、どんな姿だったのか。

 飛鳥時代の苑池の調査は1999年に始まった。南北に分かれた池の底には無数の石が整然と敷かれ、私たちがいま目にする自然を取り込んだ日本庭園の池とはずいぶん趣が違う。かつて南池は観賞用、北池は貯水用とも言われたこともあったが、近年は北池で汀(みぎわ)にのぞむ階段状の石組み遺構が確認されて祭祀(さいし)との関連が指摘されるなど、最新の成果は再考を迫っている。

 その源流はどこなのか。

 10月にオンラインで開かれ…

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