古きを愛した京都のモダン建築 歴史都市ゆえのアンビバレントな感性

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西田理人
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 名建築が数多く残る京都は、人呼んで「生きた建築博物館」。中でも近現代のモダン建築には、平安朝以来の「千年の都」がたどった近代化の軌跡が刻み込まれている。そこに読み取れるのは、伝統に対する、歴史都市ゆえのアンビバレントな感性だ。

 京都市京セラ美術館(左京区)の「モダン建築の京都」展は、明治以降の京都の歩みを現存の建築物からたどるプロジェクト。

 同館のリニューアル1周年を記念した企画で、建築史の専門家11人が明治から昭和の「モダン建築100」を選出。館内の展示会場ではうち36件を厳選し、当時の図面や模型、家具、映像など計400点を超える資料で多角的に解説する。

伝統と革新へのベクトルが共存

 展示の冒頭に置かれているのは、1895年当時の岡崎公園の模型。内国勧業博覧会が開かれ、やがて美術館や動物園など近代的な施設が次々に建設されるこの土地は、一方で同年に平安遷都千百年紀念祭の一環として平安神宮が創建された場所でもあった。

 相反するはずの革新と伝統への二つのベクトルが同じ時空間に共存する――。こうした岡崎の特徴は、京都のモダン建築を貫く特質でもあるという。ゆえに岡崎は、明治以降の「京都らしさ」を象徴的に体現するトポスとして語られる。

 京都の近代化は、遷都に伴う街の衰退からの「復興」を意味した。天皇に続いて公家や諸侯が街を去り、寺院の力も弱まる中、官民一体となって殖産興業や教育改革に着手。

 琵琶湖疏水と水力発電が新たな産業を支え、学区制の小学校が全国に先駆けて整備された。ルネサンス様式の府庁旧本館や古典主義に連なる銀行建築、同志社大学キャンパス内の教会建築など、多彩な西洋建築が相次いで手がけられていった。

 こうした中、当時の建築家た…

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