原爆ドームよ永遠なれ 後世に、東北被災地に響いた市民の熱情

有料会員記事核といのちを考える

岡田将平
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 史上初の核兵器の惨禍を訴えてきた原爆ドーム広島市)が世界文化遺産になり、7日で25年を迎えた。人間の過ちを伝える「負の遺産」としては国内初の登録だった。保存の原動力になった多くの人々の思いはその後、東日本大震災の被災地にもつながった。

目から消えるものは心からも消える

 「がんばっているね」。広島市南区の三上栄子さん(75)は原爆ドームのそばを通るたびに思う。

 高校生だった約60年前、原爆ドームを保存する運動に携わり、署名集めなどに取り組んだ。

 原爆投下の翌年に生まれた三上さんはドームの近くで育った。一帯は子どもたちの遊び場だった。フェンスで囲まれたドーム内に入ったこともある。「れんがで足元が悪くてすぐ出た」

 中学2年の頃、3学年上の高校生の少女が白血病で亡くなった。楮山(かじやま)ヒロ子さん。1歳で被爆した。

 「あのいたいたしい産業奨励館だけがいつまでもおそる(べき)げん爆を世にうったえてくれるだろうか」

原爆ドームを残し、「世界の宝」に押し上げたのはいつも、広島の人々の強い思いでした。その思いはいま、新たな場所で共感を広げています。

 亡くなる前年の8月6日に楮…

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