ぼくの家は原爆ドームの隣にあった 伝えたい、広島の文化の息吹き

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福冨旅史
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 世界文化遺産に登録され、7日で25年を迎えた原爆ドーム広島市中区)。公園になっている周辺は原爆投下の日まで、謡曲や能の囃子(はやし)が響く風情豊かなまちだった。「ここにあった文化を世界に伝えたい」。ドーム隣に生家があった男性は決意を新たにする。

 11月15日夜、原爆ドーム東隣で「爆心地鎮魂薪能(たきぎのう)」が演じられた。ドームを背に舞台が設けられ、幻想的なかがり火が照らす。笛や小鼓の音に合わせ、白い面をかぶった能楽師が舞い踊った。

 「ここは私のふるさと。幸せな日々がよみがえる」。企画した映像作家の田辺雅章(まさあき)さん(83)は言う。

 能の動画はユーチューブで配信した。田辺さんは画面に目を凝らし、カメラを切り替えるタイミングを指示した。上演後、ドームに手を合わせて言った。「ここに眠る母と弟に、胸を張って成功を報告したい」

 1945年8月6日まで、田辺さんの生家はここにあった。目の前の広島県産業奨励館(現・原爆ドーム)は遊び場だった。夏休みは産業奨励館の敷地内でかくれんぼをし、紙飛行機を飛ばして遊んだ。

 「ドームの隣に自宅があった…

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