真珠湾攻撃から特攻……鹿児島で、日米の視点から記憶をたどる

具志堅直
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 8日で日米開戦80年。鹿児島県内には戦端を開いた真珠湾攻撃や、戦争末期の特攻攻撃などの関連跡地が数多くある。ゆかりの地で戦争を伝える活動に取り組む人たちに思いを聞いた。

 鹿児島県南九州市知覧特攻平和会館には、コロナ禍の縮小を受け再び大勢の修学旅行生らが来館している。2日も多くの人が太平洋戦争末期の旧日本陸軍特攻隊員の遺影や資料に熱心に見入っていた。中でも目を引いているのが、開催中の「米国国立公文書館 調査報告展 米軍が見たカミカゼ」だ。米軍が特攻にどう対処したのか、公文書などから探る異色の企画展となっている。

 1945年3月26日から始まった沖縄での特攻は、米軍が写真やフィルム、報告書で詳細に記録し、それらの多くは米国立公文書館で公開されている。企画展はこのうち、米戦艦ミズーリが沖縄近海で特攻を受けた4月11日に特化し、パネルや映像で紹介している。

 平和会館が2018年から公文書館で収集した資料によると、連日特攻の攻撃を受けた米軍は、特攻機の飛行・突入方法を綿密に研究。攻撃パターンと身を守る対策を米兵用に教育するビデオも作製した。突入経路を図で示し、乗員が身を守るために準備する様子も写されている。

 ミズーリでは後に、日本の連合国に対する降伏文書の調印式が行われた。退役したミズーリは米ハワイで記念館として公開され、交流を続ける平和会館は昨年、姉妹館提携を結んだ。

 平和会館学芸員の羽場恵理子さん(26)は「国の未来を願った特攻隊員と同様、突撃を受けた向こう側にも自国のために戦った米軍兵士の命があった。類をみない作戦の特攻をさまざまな視点から捉えるきっかけになれば」と話した。来年2月28日まで。

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 旧日本海軍の航空基地があった鹿児島県出水市には航空機や物資などを敵の攻撃から守る掩体壕(えんたいごう)の跡地がある。4日、市民ボランティアらによってゴミの撤去作業が行われた。市内には機銃台や地下指揮所など多くの戦争遺跡が残っており、平和学習の一環として清掃活動が続けられている。

 作業は市中心部の三つの掩体壕のうち一つであり、市民団体と地元中学生らが参加。コンクリートで固められたかまぼこ形の屋根の半分が崩れ落ちた掩体壕の中には、朽ちた家電や家庭ゴミが散乱。拾い上げて袋に詰めた。

 真珠湾攻撃に参加する空母の飛行部隊は出水航空隊にも収容され、水平爆撃や魚雷投下の訓練を錦江湾などで実施。特攻には出水航空隊員も参加した。関連施設跡が点在する市内では市民団体が保存・活用を進めている。出水市平和学習ガイドの会の神信裕さん(70)は「言葉によって記憶をとどめる作業も続けなくてはならない」と話す。

 この日は周辺で花木の整備作業も。生徒を引率して参加した米ノ津中学校教諭の佐藤貴紀さん(49)は「こうした跡地は歴史を考える教材。来春の開花を楽しみに、作業の意味も考えてくれれば」と話した。(具志堅直)