(評)「十二月大歌舞伎」 猿之助の政岡、堂々たる呼吸

有料会員記事

児玉竜一・早稲田大教授
[PR]

 中村吉右衛門の死去による歌舞伎界の大きな喪失感は、新世代の決意と自覚をうながすものでもあるが、演目の見え方の変化をも意識させる。

 第一部は市川猿之助による「伊達の十役」コロナ禍版。市川猿翁による復活(実は創作)の代表作で、古典の牙城(がじょう)としての「先代萩」の世界をスピードとスペクタクルで解体解放してみせる痛快さが身上だった。これまでに市川海老蔵松本幸四郎が継承し、いよいよ猿之助登場だが、コロナ禍版の焦点は政岡。従来は、なんと政岡までやってみましたという体だったが、猿之助は簡略版ながら亡き坂田藤十郎にそっくり、義太夫味の濃厚な堂々たる呼吸で圧倒する。今こんなに緊密な政岡が他にあろうかと考える時、そもそも今や鉄壁の古典の牙城はどこにあるかと思ってしまう。スタンダードと対抗文化の区別がつかない時代に突入しているのである。床下の荒事を、浮世絵を参考に前髪の若衆にしたアイデアも秀逸。

 後半は「独道中(ひとりたび…

この記事は有料会員記事です。残り344文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
【1/24まで】2つの記事読み放題コースが今なら2カ月間無料!