開戦80年、真珠湾攻撃の電文中継施設で「平和の灯」

奈良山雅俊
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 太平洋戦争の開戦から80年となった8日、真珠湾攻撃を命ずる暗号電文を中継した北海道稚内市の「旧海軍大湊通信隊稚内分遣隊幕別送信所」(通称・稚内赤れんが通信所)で、平和を願う灯籠(とうろう)「平和の灯」がともされた。

 暗号電文は「ニイタカヤマノボレ一二〇八」。戦時中は「稚内海軍通信隊幕別分遣隊」と呼ばれ、択捉島の単冠湾(ひとかっぷわん)を出港した空母を含む機動部隊に攻撃命令を中継した。通信所は大小3棟からなり、戦後しばらく米軍が駐留。その後は風雪で崩壊が進み、2007年に市の委嘱を受けた「稚内市歴史・まち研究会」が管理し、修復を進めている。

 「平和の灯」は11年から続け、今年は2年ぶりに一般市民も参加した。例年なら灯籠の支柱を雪にさせばよかったが、今年は積雪ゼロ。「こんな年は初めて」と、会員たちは朝から木板の台に1本1本支柱を設置していった。

 点灯式には約30人が参加。全員で黙禱(もくとう)した後、富田伸司会長は「太平洋戦争の開戦に深く関わったこの施設を、戦争遺構として残していきたい」とあいさつし、約80基の灯籠に一斉に明かりがともされた。この後、参加者たちは復元を終えている一番小さなC棟に入り、薪ストーブを囲んだ。

 赤れんが通信所は残る2棟のうち、中央のB棟は望楼を含む棟半分を修復中。来年公開する予定で、市は文化財の指定を検討している。一番大きなA棟は崩壊が著しく手が付けられない状態だ。修復は寄付を頼りに進めているが、A棟の修復には多大な経費がかかり、諦めざるを得ないという。

 施設の見学希望者は、稚内市教育委員会(0162・23・6056)への事前予約が必要となる。(奈良山雅俊)