100年以上もチクタクチクタク 柱時計が刻む原爆と5世代の記憶

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福冨旅史
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 居間の壁に掛けられた柱時計が「ボーン」と時を告げた。広島市佐伯区の小泉栄次さん(73)方。祖父から代々受け継いできた時計は、100年以上にわたって動き続けてきた。原爆の爆風で傷ついた時でさえ止まらずに。刻んできた記憶は、子へ、孫へと受け継がれていく。

 縦およそ50センチ、横20センチ。下部に「ANSONIA」の文字がある。木製の時計は正時になるたび、時刻の数だけ鐘が鳴る。小泉家では、朝の7回が朝食、夜の9回は就寝の合図だ。

 1850年代に創業した米アンソニア社の製品だ。正確な製造年は不明だが、同社が活動していた期間から考え、100年以上たっているとみられる。金融関係の仕事をしていた栄次さんの祖父、幸一さんが米国の親戚を訪ねた際に買ってきたと伝えられている。

 ゼンマイ式だ。針の動きが徐々に遅くなるため、1日3回ねじを巻く。長針を2分早めに合わせると、「気づくとちょうどいい時間を指している」(栄次さん)。

 広島に原爆が投下された1945年8月6日。時計は当時、広島市草津南町(現・西区)にあった家の居間にかかっていた。爆心地から約6キロ。強烈な爆風で家のガラスや障子が破れ、時計も床に落ちた。文字盤側面にそのときの10センチほどの傷が残る。栄次さんは生まれる前で、縁側で兄にお乳をあげていた母は顔にやけどを負ったと聞いた。

 ただ、時計は針を止めなかった。

 水産卸業の会社で働いていた…

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