つぼや皿と並ぶ言葉たち 柳宗悦が批判した美術館で体感する民芸運動

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大野択生
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 日常の生活道具に美しさを見いだす「民芸」(民衆的工芸)運動が始まったのは約1世紀前で、中心人物の思想家・柳宗悦(むねよし)(1889~1961)が亡くなって今年で60年になる。柳がそのあり方を批判した東京国立近代美術館(東近美)で現在、柳へのアンサーともいえる企画展「民藝(みんげい)の100年」が開かれている。

 「近代美術館は、その名称が標榜(ひょうぼう)してゐる如(ごと)く、『近代』に主眼が置かれる」。1958年、柳は雑誌にそうつづった。東京と地方、官と民、近代と前近代、美術と工芸のように、自らが目指すものの対極に東近美を位置づけた。

 しかし、企画展を担当した花井久穂・主任研究員は、「非近代を掲げた民芸運動も、また近代の一部」としてとらえようとしたと話す。民芸をテーマにした従来の展覧会が、柳らが美を見いだした品々を主役にしてきたのに対し、運動の足跡を日本の近代史に位置づけて、時系列の展示で「運動が思想へと立ちのぼる過程を体感できる展覧会」にしたという。

 14年、文芸誌『白樺(しらかば)』の同人だった柳の千葉・我孫子の自宅を、朝鮮で教師をしていた浅川伯教(のりたか)が訪れる。

 柳は浅川が手土産に持ってき…

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