避難所にぬくもりを 畳届け続ける店主、きっかけは二つの大震災

岩本修弥
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 被災者に冷たい床ではなく、快適な畳の上で過ごしてもらいたい――。避難所に畳を届ける運動に、神戸市の畳店が中心になって取り組んでいる。全国各地の500店や150超の自治体が災害時の協定を結ぶなど輪が広がっている。活動のきっかけは阪神・淡路大震災東日本大震災の避難所で浮かび上がった課題だった。

 取り組みを始めたのは神戸市兵庫区の前田畳製作所3代目社長、前田敏康さん(51)。2013年、47都道府県から被災地に5日以内に百枚ずつ届けるという意味を込め「5日で5千枚の約束」と銘打ったプロジェクトを始めた。16年の熊本地震や昨年の熊本豪雨など、これまで被災地に約1万枚の畳を無料で届けてきた。

 取り組みの原点は、1995年の大震災だ。当時は銀行員で、神戸市灘区にあった寮が全壊。避難先に届いた支援物資に助けられ、何か恩返しがしたいと思うようになった。

 家業が畳店だった前田さん。父が仮設住宅に畳を届け、被災者からお礼を言われる姿を見て「ものづくりの仕事がしたい」と思い、翌96年に銀行をやめて父のもとで修業を始めた。

「ブルーシートが冷たくて…」 ひしひしと感じた必要性

 仕事が軌道に乗り始めた2011年に東日本大震災が起きた。

 テレビでは、体育館の冷たい床の上で避難生活を送る被災者の様子が映った。

 「阪神の時も避難所はこんな感じだったはず。畳があれば、少しでもひざの痛みを和らげられる」。翌12年から自治体や同業者に連絡し、活動を模索した。

 同年に宮城県の南三陸町を訪れ、体育館で避難所生活を送った女性に直接話を聞いた。「ブルーシートが冷たくて、当時11カ月だった子どもを何日間も抱いたまま過ごした。母乳もあげられなかった」

 いぐさを使う畳には断熱性がある。避難所での必要性をひしひしと感じた。

届ける畳に工夫も

 プロジェクトを始めた当初は兵庫県内の数軒の畳店が名を連ねる程度だったが、知り合いが知り合いを呼び、今や全国500店が前田さんに賛同する。

 自治体も前田さんの後押しをする。14年に同プロジェクトが神戸市と防災協定を締結したのを皮切りに、21年2月までに177の自治体と防災協定を結んだ。

 届ける畳に工夫もある。縦88センチ横176センチは通常の「五八サイズ」だが、運びやすいように軽量化し、重さは通常の5分の2ほどの約10キロだという。

 熊本地震では最初の揺れの翌日から現地入りし、約80カ所の避難所を訪問。必要な畳の枚数を調査し、6680枚の畳を届けた。前田さんは「被災地では地元の畳店と一緒に活動することが重要。地元の経験や情報を活用することで、畳が必要な人に届けられる」と話している。

 活動に賛同する畳店や自治体を募っている。プロジェクトの問い合わせは同製作所(078・578・0172)へ。(岩本修弥)