淀工の代名詞「俗謡」 丸谷明夫、朝比奈隆、大栗裕の3人が結んだ魂

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編集委員・吉田純子
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 7日に亡くなった丸谷明夫さんは、今月29日に没後20年を迎える朝比奈隆(1908~2001)と深い親交がありました。そして、関西を代表するこの2人の指揮者の縁を揺るぎないものにしたのが作曲家の大栗裕(1918~82)でした。丸谷さん率いる淀川工科高が奏で継いできた、あの「大阪俗謡による幻想曲(俗謡)」の生みの親です。3人の魂を結んだ「俗謡」の誕生秘話、そして「俗謡」に託した丸谷さんの教育的信念を、音楽担当記者があらためて振り返ります。

 「俗謡」が生まれたのは1956年のこと。ベルリン・フィルへのデビューを控えた朝比奈隆が、大栗裕に頼んで書いてもらったのだ。その時のいきさつを、朝比奈は著書でこう振り返っている。

 何といったってベルリン・フィル、当時、そこで棒を振るなんてことは大変なことです。それなら既成の曲でなく、特別に曲を創って、それをベルリン・フィルにプレゼントしようと、大栗裕君に日本のテーマで日本の旋律の曲を作曲してもらったのです。

 その曲がまた良かった…

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