戦死した兵士と父のやりとり、3年間で手紙90通 福津市で展示

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杉山あかり
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 日中戦争から太平洋戦争の間、現在の福岡県福津市から中国や南方に出征して23歳で戦死した男性と、その父親が約3年にわたって互いに送り合った手紙約90通を遺族が大切に保管し続けている。手紙は「悲惨な現実の記録」だと、遺族は話す。戦争を考えるきっかけになればと、一部を福津市で展示している。21日まで。

 《父・母上の写真がもしあったらお送りください。朝夕の礼拝にするはずです》

 深田文次(ぶんじ)さんが出征した1940年、初めての年末に、父の政次(まさじ)さん(享年77)にはがきで届いた手紙だ。

 《先日写真を撮ったができが大変悪いのでまたやり直しだ。そのうちでき次第に送る。では安心して健康にして御(ご)奮闘あらんことを》

 政次さんの手紙には、こんな返事がきた。

 《ご両親の写真も受け取りました。父母の健在な姿を見ていまさらながら懐かしさと非常な心強さを感じました》

 文次さんは19年、福津市津屋崎で酒のたるの製造や卸売りを営む商家に生まれた。跡取り息子として育ったが39年12月、20歳で陸軍に入隊。40年に現在の上海周辺に出征した。主に警備を担当していたという。41年からは南方戦線への準備に入り、この時期には便りが出せなくなる可能性を手紙につづっている。

 手紙の最後には必ず母の様子…

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