淀川工科高・丸谷明夫さんの遺言 人間を育てる教育としての吹奏楽を

有料会員記事

編集委員 吉田純子
[PR]

記者コラム 「多事奏論

 9月4日付けの紙面に掲載したコラムで、全日本吹奏楽コンクールの常連校、大阪府立淀川工科高が今年の出場を辞退した経緯を取材して書いた。同校を長年指導してきた顧問の丸谷明夫さんが体調を崩し、生徒たちが自ら話し合って欠場を決めたということを。

 その丸谷さんが今月7日、76歳で旅立った。記事には書けなかったが、6月、膵臓(すいぞう)に進行したがんが見つかっていた。丸谷さんは覚悟を決めていた。私も「オレの『惜別』、頼んだで」と伝えられていた。

 記事が掲載された日、丸谷さんは電話の向こうで泣いていた。コンクールより、3年生にとって最後となる来年1月の定期演奏会の方で、先生に振ってほしい。この生徒の言葉をかみしめ、「オレはまだ死ぬわけにはいかんのや」と声を振り絞った。

 音楽は、君たちの先の人生をこそ、真に豊かにしてくれる。未来を見ること。音楽を出会いの糧にすること――。コンクールについて考えさせ、勝つことが音楽の本質ではないと自らの力で気付かせることが、丸谷さんの最後の「指導」となった。

 丸谷さんは常に率先して音楽を楽しみ、その姿を生徒たちに見せていた。どうや、人生は、音楽はええもんやろ、と。

 しかし若い頃は、指揮棒を折れるほど譜面台にたたきつけることもあったという。威嚇すると、生徒たちは切羽詰まって実力以上の音を出す。でもその音は、心の底から生まれてくる喜びの音ではなかった。

 1979年の夏、高校野球の…

この記事は有料会員記事です。残り962文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【7/11〆切】スタンダードコース(月額1,980円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら