「僧侶に会ってる場合か」批判も 葛藤深まるミャンマーのお坊さん

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ヤンゴン=福山亜希
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 国軍がクーデターで権力を握り、多くの市民が犠牲になっているミャンマーで、僧侶たちの存在が市民の心のよりどころになっている。国民の約9割を占める仏教徒にとって、尊敬の対象である僧侶との触れ合いは「心の平和」を取り戻す数少ない機会だ。ただ、国軍と武力闘争を続けている一部の市民からは、信仰に頼る姿勢に批判の声も上がっている。

戻ってきた「日常」の風景

 日の出前の午前5時。最大都市ヤンゴンの通りを約60人の僧侶がひたひたと裸足で歩く。手には金属製の器「鉄鉢」を抱えている。僧侶の到着を知らせる鐘の音が鳴ると、住民が一人、また一人と現れ、皿に盛った野菜や米を鉄鉢によそった。托鉢(たくはつ)の僧侶に食事をお裾分けする場面だ。

 2月1日に起きたクーデターの直後は、市民のデモを国軍が武力で抑えつけた。一時はヤンゴンの通りから人影が消えたが、10月下旬ごろから徐々に人出が戻り、托鉢が再開した。

 カレーを振る舞った会社員の男性(57)は「クーデター後に貧困が広がり、食事を振る舞う住民の数は減った。私も生活は苦しいが、10年続けてきた習慣を再開できて、穏やかな気分だ」と笑顔を見せた。

 ヤンゴンの僧院では200人以上の市民が袈裟(けさ)や食事の寄付に訪れていた。僧侶への寄付は功徳を積むための善行と信じられている。

 この僧院の僧侶ワジラ師によると、クーデター後の景気の悪化で寄付金は減ったが、「クーデター後、怒りや不安を抱えた多くの人が、できる範囲の寄付を持ち寄っている」と語る。

 デモに参加して拘束された僧侶も少なくない。ワジラ師の僧院はデモの参加を禁じたが、社会の混乱を目の当たりにし、僧院を出て森の中で瞑想(めいそう)を始めた若い僧侶もいるという。

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