東京五輪の音楽監督、組織委・IOCから細かい要求「今は全部納得」
東京五輪の開閉会式と、パラリンピックの開会式で音楽監督を務めたDJ・プロデューサーの田中知之氏(55)が朝日新聞の単独インタビューに応じた。IOC(国際オリンピック委員会)からは演出プログラム全体はもちろん、楽曲の一つ一つまで細かくチェックが入ったという。「我々の案は何度も差し戻され、音楽に関することでも直前まで知らされないこともあった。それでも、今は納得し、胸を張っている」と回想した。
――2020年3月に大会延期が決まり、もともとの演出チームは解散しました。田中さんが音楽監督に就任した経緯は。
延期前はパラリンピックの閉会式の音楽監督の依頼を受けていましたが、今年の初めに「五輪とパラの両方に携わってほしい」という依頼がありました。具体的な話に進み出したのは2月末から3月頭ぐらいからでした。
最初から時間がないなかで、演出を統括するディレクター(佐々木宏氏)の辞任や、コロナの感染の拡大と、常に厳しさと向き合う作業になった。その過程でプログラムの内容の見直し、刷新がどんどん行われ、我々の最初の提案は何度も差し戻しされた。音楽も作り直したり選び直したりという連続だったというのが実情です。予算のこともそうだけど、「想像していた五輪の開会式のクリエーションとはちょっと……いや随分違うな」とは当初から感じていました。
――プログラムの差し戻しや変更要請は、大会組織委員会からですか。それともIOCからですか。
組織委員会としてOKであれば、さらにIOCに上げて承認を取る、というプロセスだったので、段階ごとに両方からありました。チェックは大きなプログラムだけではなく、たとえば音楽の分野でも選曲1曲ずつの細部に至るまで、事細かにチェックが入りました。
僕は最初から開会式の聖火点灯で「日の出」、閉会式の納火の場面では「月の光」という、ともに冨田勲さんの曲を使いたいと思っていましたし、実現しました。なぜなら、最初にディレクターに就任された野村萬斎さんが、聖火台を太陽に見立てるという案を出され、我々が継承していたからです。
開会式で点灯した聖火台が太陽なら、閉会式での納火した聖火台は月に見立てようとのことで、まず閉会式で流れる「月の光」を提案しました。冨田さんの代表作ともいえる、シンセサイザーで作られた名曲です。
ところがIOCからは当初、「五輪の式典にはクラシックのようなオーケストラで演奏した曲の方が望ましい」とNGを出されました。そこで私は、冨田さんがいかに偉大な音楽家だったかをIOCに説きました。例えばマイケル・ジャクソンが初来日した際、彼が真っ先に行きたいと言ったのは冨田さんのスタジオだった、とか。そんな逸話を全部伝え、OKを取り付けた。
もちろん提案が実現しなかったことも多々あります。それから音楽監督とはいえ、僕らが直前まで知らされていないこともたくさんあった。IOCが準備をした「イマジン」は、最終リハーサルまで誰が歌うのか知らなかった。僕はジョン・レノンのオリジナルか、少なくともジョンの歌声が使われて新しいアレンジになると想像していました。僕がもし完全に任されていたら、そうしていた。でも、実際には五大陸の代表歌手らが歌いました。
我々が一気通貫で作ったストーリーが様々な事情で色々と変更を余儀なくされ、新たな現状を受け入れるということが重なった。だからといって悔いが残っているわけではないんです。嘆くのではなく、その局面ごとでのベストを尽くす、ということでチーム全体が奮い立って一体となっていった。これは私が担当する音楽だけではなく、踊りの振り付け、演出、全部そうでした。
そして当然ですが、組織委員会もIOCも意地悪をしているわけではないのです。様々な状況を考えての意見だったと思う。残念ながら認められなかったことについても、言い分は分かります。だから終わった今は、全部納得している自分がいます。念押ししますが、不満はありません。任された権限の範囲を全うするのが仕事ですし、それが出来たと思う。
IOCは表現の在り方を、ものすごく真剣に考えていた。ジェンダーバランス、ダイバーシティー&インクルージョン(多様性と調和)については特に厳しかった。そして、その判断は正しかったと思う。(聞き手 編集委員・後藤洋平)
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〈たなか・ともゆき〉1966年生まれ。京都市出身。95年、ファンタスティック・プラスチック・マシーン(FPM)名義でメジャーデビュー。映画「オースティン・パワーズ:デラックス」などに楽曲を提供。DJとして世界各地の音楽イベントに招かれるほか、数々のミュージシャンへの楽曲提供、CM音楽などを手がけている。
後編では、五輪開幕直前に小山田圭吾氏が辞任したことを受け、急きょ田中氏が差し替えの曲を制作した状況などを語ります。
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