スパイシーカレー、野菜は「後のせ」 船上コック50年の知恵山盛り

照井琢見
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 瀬戸内海に浮かぶ弓削島(愛媛県上島町)に11月、小さなカレー店「TRATTORIA アル」(同町弓削下弓削)がオープンした。腕を振るう前川一高さん(68)は商船や実習船のコックを50年務めた経験がある。ちょっぴりスパイシーな一皿には、元船乗りの知恵が詰まっている。

 前川さんは弓削島の西隣、佐島に生まれた。小学生のころに父を亡くし、「家族を養うため」と中学卒業後に、水産会社の捕鯨船や工船に乗り、南極海やベーリング海に出た。

 「小さいころから、焼きそばやサンドイッチを家族に振る舞った。コックへのあこがれは昔からあった」という前川さん。約20人いる調理場に配属され、腕が鳴った。

揺れる船内で大量の食事作り

 ただ、陸上での料理とは勝手が違った。前川さんの仕事は、4人のチームで、乗組員約600人のうち50人分の食事を作ること。「揺れる船内で火を使い、大量の食事を短い時間で仕上げなきゃいかん」

 いったん港を出ると、8カ月間どこにも寄港しないこともある。使えるのは月に数回、日本から船に届けられる物資だけ。冷凍設備が今ほど発達しておらず、青物野菜が保存できない。それでも和洋中なんでも作らねばならない。「普通に作ると、色の全然ない料理になってしまう」

 けれど、食事は乗組員にとって数少ない憩いの時間。「なんとか彩りがつくように、冷凍したパセリを刻んだり、グリーンピースを使ったりした」と前川さんは振り返る。

 約20年前、転職先の海運会社で松山と小倉(北九州市)を結ぶ客船の厨房(ちゅうぼう)を一人で任された。「チームじゃなしに、一人でできるのがうれしかった」と、メニューの改良を始めた。

厨房の小窓から「おいしかったですわ」と

 乗客の人気を集めたのが、カレーライスだった。寄港先の小倉でスパイシーカレーを食べながら「もう少し家庭的に寄せよう」と考えたり、コクを増すために炒めたニンニクを使ったりと、試行錯誤を重ねた。

 こだわりのカレーは、約10年前に広島商船高等専門学校(広島県大崎上島町)の実習船のコックになっても好評だった。「厨房の小窓から学生らが『おいしかったですわ』と言ってくれる。あの瞬間が一番うれしかった」

 それでも気がかりだったのが、「彩り」だった。約30人の乗組員のために大量の具材を煮込むと、ニンジンやジャガイモはどろどろに溶け、茶色一色になる。

 最初によそう子と、最後によそう子で具のバランスが変わってしまうことも気になった。そして編み出したのが、具の「後のせ」。ライスとルーをよそったあとに、ゆでたジャガイモとニンジンをのせた。

 そんな小さな工夫を積み重ねて、カレーは出港日の昼の定番メニューに定着。一人で4杯食べる学生もいたほどの人気だった。

前日から炒めたタマネギ 舌の上でほぐれる牛肉

 定年を迎えて、陸に上がったのは2年前。「おいしかった」という学生たちの顔が忘れられず、「自分の店をしたい」という夢がふくらんだ。家族に何度も夢を語り、念願かなって「アル」を開いた。

 開店から1カ月。サイクリストや、店の近くにある弓削商船高専の学生たちが、看板メニューの「アルカレー」(サラダ付き、800円)を平らげていく。

 20年かけて編み出したカレーを口に運ぶと、前日から炒めたタマネギや、たっぷり煮込んだ牛肉が舌の上でほぐれていく。もちろん、ジャガイモとニンジンは仕上げに盛り付けてあり、彩りも鮮やかだ。

 店には妻の緑さん(59)や長女の裕紀さん(36)も立ち、前川さんの「第二の人生」を後押ししてくれている。前川さんは「ありがたいかぎり。地元に愛されるカレーを作りたい」とはにかむ。それでもプロとして、こだわりは捨てられない。「まだおいしくできる。日々奮闘です」

 営業は午前11時~午後2時で、水・木曜休み。年末年始は27日~1月7日休業。問い合わせは電話(080・2649・0001)。(照井琢見)

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