第5回「証言しないと、息子は2度死ぬ」 テロ犠牲者の父、パリの法廷に
パリ=疋田多揚
左腕の銀色のカシオの腕時計は、午後8時前を指していた。
2021年9月1日、ヘマナ・サビ(70)を乗せた満席のエールフランス機は、パリ郊外のシャルル・ドゴール空港に着陸した。
アルジェリアから2時間半。窓の外はまだ明るい夏のパリだ。時計は三男ケレディヌ(当時29)の形見だった。
父親のサビがケレディヌをアルジェの空港で見送ったのは、2014年8月のことだ。
5歳からバイオリンを始めた息子は、パリの名門ソルボンヌ大学に留学を決めた。修士課程で、アルジェリアの伝統音楽を研究するためだ。
サビは出国ゲート前で息子を抱き寄せ、「おまえを誇りに思っている」と語りかけて送り出した。
この夏、息子がその時たどった空路を自分もたどることになった。
目的地に息子はもういない。せめてその足跡を確かめ、法廷で息子の生き様を語り、社会の記憶にとどめたい。
そう願い、パリに降り立った。
劇場などが次々に銃撃され、130人が亡くなった2015年のパリ同時多発テロ。20人の被告を裁く特別法廷が始まり、テロを生き延びた人々があの夜の重い記憶を詳細に語り始めました。あの夜、何があったのか。生還者の証言から事件を振り返ります。
15年11月13日の夜、ケ…