第1回髪形そっくり…かつて頼った祖父のカリスマ 「独り立ち」した正恩氏

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ソウル=神谷毅
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 北朝鮮金正日(キムジョンイル)総書記が死去し、金正恩(キムジョンウン)総書記が権力を継承してから、12月で10年となった。当時は27歳の若さで、経験や準備の不足から政権維持は難しいとみられていた。だが、予想は外れ、相次ぐ粛清と特権層の支持で権力基盤を固めた。経済や人権を犠牲にしながら目指す正恩氏の「野望」とは――。北朝鮮は、どこへ向かうのか。

 韓国の大企業に勤める中堅幹部の男性は、それまで十数回にわたり北朝鮮の首都・平壌を訪れていた。

 気心が知れるようになった政府機関の幹部との雑談は、金正恩体制を支える特権エリート層に及んだ。

 「どんな人が、どれほどいるんだい?」

 男性が尋ねると、相手は「万景台革命学院」と通称「南山学院」を挙げた。正恩氏の祖父で北朝鮮の建国の祖である金日成(キムイルソン)主席の時代、前者は植民地支配をした日本との戦いで亡くなった兵士の子らを、後者は高位幹部の子息らを通わせ、体制を担う人材を育てた。卒業生は長じて朝鮮労働党や人民軍に入り、特権を享受するエリート層となった。

 男性は相手と一緒にペンを握り、規模がどれほどになるのか卒業生の数を元に紙の上で計算してみた。約10万人という数が出た。

 男性は振り返る。「最初は少ないと思ったが、その人脈は党や軍、外貨を稼ぐ機関に張り巡らされ、影響力は絶大だ。正恩氏と特権エリート層は運命共同体。正恩氏がいなければ特権層の存在も意味がない。疑問など挟まず、支えるわけだ」

 男性は、韓国の大企業や経済団体の幹部の訪朝に何度も同行し、北朝鮮側とパイプを作った人物だ。一度だけ訪朝する政治家や政府の幹部らとは違い、繰り返し北朝鮮の同じ人物と会うようになったことで、様々な話を交わせるようになったという。

軍ナンバーワンを逮捕、後見人を処刑

 正恩氏と父の正日氏は権力を引き継ぐプロセスが対照的だった。

 正日氏は20年余りの準備期間を経て、側近グループを形成しながら権力を継承した。一方、正恩氏は正日氏が2008年に脳卒中で倒れ、09年に後継者に指名されるまで肩書は何もなかった。側近もおらず、後見人である叔母の夫の張成沢(チャンソンテク)氏(当時の国防副委員長)は「正恩氏を若造とみなしていた」(韓国政府の元高官)とされ、心から信頼できなかった。

 正恩氏はまず父の時代に統治を支えた軍にメスを入れる。葬儀で霊柩(れいきゅう)車に付き従った7人のうち、軍ナンバーワンだった李英鎬(リヨンホ)総参謀長を12年7月に逮捕。13年に張成沢氏を処刑した。17年には、正恩氏との関係は不明だが、兄の金正男(キムジョンナム)氏が毒殺された。その暴力性から未熟さが指摘され「長くもたない」との声が国外であがった。

 12年4月、金日成氏の生誕100年を祝う閲兵式。演説する正恩氏の姿に内外で驚きが広がった。

 「勇敢な朝鮮人民軍、陸・海…

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