「金沢の暴れ馬」馬場ももこアナ 80局受験しフリーに転身するまで

小島弘之
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 テレビ金沢でアナウンサーとして活躍した後、2019年にフリーアナウンサーになった馬場ももこさん(30)。天真らんまんな姿のその裏では、涙と努力の日々があった。

「身の程わきまえて」地方狙い

 北は青森、南は佐賀まで――。大学の就職活動は、地域密着の報道を志して地方局のアナウンサー採用試験を受け続けた。キー局を受けなかったのは、「身の程をわきまえて」だ。

 だが、その地方局も壁は高く、ことごとく不採用に。「最後の2~3人まで残って落とされる時は、3回デートした相手から音信不通を食らった気分になる」。帰りの新幹線では、人目を気にせずよく泣きじゃくっていた。

 新潟市出身。小学5年の時、キャンプファイアを囲んで出し物をする時間に務めた司会進行っぷりを、教頭先生に褒められた。「声も通るし、とても楽しい会にしてくれた。将来アナウンサーになった方が良い」

 あの言葉は、本当にうれしかった。でも自分がアナウンサー志望なんて、周りから馬鹿にされるかも……。中学・高校の友人には打ち明けず、東京の大学に進学後、アナウンススクールに入った。

 書類選考を含め、トータルで80局を受験した。14年春、晴れて入局したのは、新潟・佐渡のケーブルテレビ局。編集や音声、カメラ……。「放送に携わる全ての過程」を学んだ。

 翌15年、契約アナウンサーとしてテレビ金沢に入社した。多い時は週4回、スーパーや大雪の現場から中継を担当した。取材ネタ探しの毎日で、「側溝にある消雪パイプは誰が管理しているのか」などと日々抱いた疑問を、番組内の企画に変えていった。

 「馬場ちゃん」

 「いつも見てるよ」

 町を歩けば声を掛けられた。そんな視聴者との距離感は居心地が良かった。

「金沢の暴れ馬」誕生

 「情報ライブ ミヤネ屋」「行列のできる法律相談所」(現・行列のできる相談所)など、全国放送の番組に出演し始めたのは、17年以降。片付いていない自宅を隠さず、当時の彼氏の存在を公言……。自由奔放な立ち振る舞いで「金沢の暴れ馬」の異名をつけられた。

 「ちょっと東京の番組に出たから、生意気にフリーになったんだろ?」とも思われがちだが、テレビ金沢との契約期限を終えたから、フリーになった。所属先は、そうそうたる女性キャスターがいるあの「セント・フォース」だ。

 アナウンサーにとっては、番組MCが華、とも言われるけど、ニュース読みをしながら、全国津々浦々の現場へ足を運びたい。

 もちろん、バラエティー番組のお仕事も全力で。(小島弘之)

     ◇

 1991年、新潟市生まれ。2014年4月以降、佐渡テレビジョン、テレビ金沢のアナウンサーとして活躍し、19年4月にフリーアナウンサーに。現在は「絶好調W」(MRO北陸放送)にMCとして出演中。今の夢は「ドラマの中で、ニュースを読むアナウンサー役を演じること」。