「手に職を」戦後の熱気、実現した専門学校 創設者101歳で死去

有料会員記事

高室杏子
[PR]

中村あいさん(中村学園創設者)

 終戦を25歳で迎えた。千葉にやってきた進駐軍との関わりが、人生の転機になった。

 まだ、和服やもんぺ姿が多かった時代。進駐軍の妻が着る洋服とファッションは、各地の女性に衝撃を与えたらしい。同時に、この洋服の修繕ができる、洋裁技術を持った日本人女性が進駐軍に重宝された。

 終戦直後、洋裁技術を身につけた中村あいさんは千葉市で、進駐軍の妻らの洋服の仮縫いや仕立てで生計を立てた。「女性が食べていくには、男性の2倍も3倍もやらねば」。そんな時代だったという。

 1947年、中村洋裁研究所を設立した。「男も女もなく、勉強したい、何か手に職を付けたい、この思いは若い人みんな持っていたの」。当時の熱気をこう語る。

 1期生との卒業写真には、自身と25人の若い女性が写る。多くは和服姿だが、自身は洋装にヒールの靴姿。別の写真に残る教壇に立つ姿は、パーマがかった髪に、現代にも通じる洋服の着こなしだ。

40代半ばでパリ留学 「好奇心にあふれた人」

 当時は、手作りのサーモンピ…

この記事は有料会員記事です。残り789文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【無料会員限定】スタンダードコース(月額1,980円)が3カ月間月額100円!詳しくはこちら