「熱かったやろうな」花束に飲み物に、祈り込め ビル前で悼むひと

有料会員記事大阪・北新地のビル火災

松永和彦、加藤あず佐、寺沢知海 比嘉太一、茶井祐輝 山口啓太、室矢英樹
[PR]

 25人が死亡した大阪市北区の放火殺人事件は、24日で発生から1週間が経った。現場にはいまも、花を手向け、手を合わせに来る人たちが絶えない。この日も早朝から、多くの人々が犠牲者たちを悼んだ。

 事件が起きた時刻とほぼ同じ午前10時20分ごろ、現場のクリニックが入る大阪市北区の雑居ビル前では、通行人が足を止め、歩道脇の配電設備の周りに積まれた花束に向かって静かに手を合わせていた。

 亡くなった大阪府の30代の男性と仕事を通じて交流があった60代の女性は、職場の休みを利用して岐阜市から訪れた。花束とお茶を供え、「短い間だったけれどありがとう」としたためた手紙を添えた。「責任感がある人だった。いたたまれない」と話した。

 事件から数時間後、警察の規制線が外された直後は数えるほどだった花々は、日に日に増えていった。1週間が経ち、300束以上あるように見えた。散乱しないよう、誰かの手で時折整頓されていたとみられ、大人の腰から胸の高さほどに整然と積み上げられている。

 「熱かったやろうな。かわいそうにな」と、ペットボトルや缶の飲み物を手向ける人も多くいた。

 増え続ける供え物について、地元の堂島連合振興町会は「みなさんの気持ちを尊重し、通行の妨げにならないよう、しばらくは枯れてしまった花やペットボトルを整理していきたい」としている。(松永和彦、加藤あず佐、寺沢知海)

前日に復職果たす「自分は生かされたのだと」

 「復職に向けて互いに支え合ってきた仲間を失った。言葉にならない」

 20日朝、献花に訪れた滋賀県の男性会社員(34)は、クリニックがあったビルの4階を見上げ、そっと手を合わせた。

 通院を始めたのは4年前。心身の不調は時間を掛けて、少しずつ改善していった。今年10月からは職場復帰をめざす人のための「リワークプログラム」を受け、事件前日の16日に復職を果たしたばかりだった。

 犠牲者の中には、プログラム…

この記事は有料会員記事です。残り991文字有料会員になると続きをお読みいただけます。