夜空を舞ったメイドinジャパン 世界に風穴を開けたサラリーマン

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 結果を求められる舞台があるのは、アスリートに限った話ではない。普通のサラリーマンも同じだ。

 下野智史(41)の場合、今夏の東京パラリンピックがそうだった。

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 2021年8月28日夜。国立競技場で、陸上の男子走り幅跳び(義足T63)が始まろうとしていた。

 自宅のテレビにかじりつく。視線の先に一人の日本選手。左足の義足に「KAITEKI」の文字が見えた。

 自分たちが作った義足が、パラリンピックでいよいよ試される――。そう思うと、安堵(あんど)と興奮が入りまじった感情が湧いた。これまでの長い道のりが、自然と頭に浮かんでいた。

 その4年前。下野は化学メーカー「三菱レイヨン」(現・三菱ケミカル)から、三菱ケミカルホールディングズ傘下の「地球快適化インスティテュート」へ異動した。

 三菱レイヨンでは、個人の特性から最適なゴルフシャフトを選び出す分析技術の開発を担当した。大学時代からスポーツ工学が専門で、人の動きに合わせた道具作りには自信があった。

 パラ陸上界の競技用義足は、オズール(アイスランド)とオットーボック(ドイツ)が世界を席巻している。国内外のほぼ全ての選手が2社どちらかを使う。東京パラに向けた「国産の義足開発」という挑戦に心をくすぐられ、自分の意思で今の会社に移った。

 産学が連携するプロジェクトの先導役を担った。産業技術総合研究所に加え、自身が工学博士号を取った東京大も巻き込んだ。

 ある女子選手に協力をお願いし、いろんな形状の義足で走ったデータから理論的な最適解を導いた。19年に第一弾ができあがる。その選手は使い始めて3カ月で、100メートルの自己記録を更新した。

 手応えは十分だった。「欧州2社には負けられない。この義足でジャイアントキリング(番狂わせ)を起こす」と鼻息を荒くするほど。だがそこから、苦悩が始まる。

 パラアスリートにとって、義…

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