第10回役所勤めの僕は難民になった SNSで探した花嫁、突然途切れた連絡

有料会員記事

イスタンブール=高野裕介
 
[PR]

連載「それでも、あなたを」トルコ・パレスチナ編①

 ある日の夕方、空から2発の爆弾が降ってきた。

 家の隣にある6階建ての集合住宅が、押しつぶされるように崩れ落ちた。夕日の沈みかけた秋の澄んだ空に、粉じんが舞い上がった。50人ほどが、一瞬で犠牲になった。

 2013年、シリア北部の商都アレッポ。23歳のワリードは決意した。「もうこの国にはいられない。逃げるしかない」

 ワリードは両親や弟たち家族8人で、北隣のトルコに避難した。シリアでは安定していた役所の仕事も失った。シリアの公用語はアラビア語で、トルコはトルコ語。文化も違う。文字どおりゼロからのスタートだ。そんなシリア難民が今、トルコには約370万人いる。

 商売を成功させる人、トルコの市民権を得て家族を築く人がいる一方、安定した職に就けず、満足な給与を手にすることができない人も多い。

 ワリードがトルコで最初に暮らしたのは南部のガジアンテップという街だった。シリア人が集まる繁華街では食品から貴金属まで何でもそろい、アラビア語が飛び交う。

中東では2010年から翌年にかけて、「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が各国で起きました。シリアでも民衆デモが相次ぎましたが、アサド政権側はデモ隊を武力で徹底的に弾圧し、武装した反体制派との内戦に発展。オリーブせっけんで知られたアレッポは激戦地となり、街は荒廃しました。

女性たちとチャットをしないか?巡ってきたチャンス

 ワリードはスーパーのレジや配達の仕事で身を立てようとしたが、稼ぎは日本円で月に2万円弱。当時のトルコの最低賃金の半分以下だから、とてもじゃないが自立できる状況ではない。父や弟も働き、家族で助け合いながら生きてきた。

 ワリードには、難民の若者なら誰もが抱える大きな悩みがあった。結婚だ。

 イスラム教では一般的に結婚…

この記事は有料会員記事です。残り1005文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

連載それでも、あなたを 愛は壁を超える(全41回)

この連載の一覧を見る