PL時代は甲子園で悔しい無安打 初夢を正夢に、漫画家へ無謀な挑戦

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寺沢知海
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 2試合で6打数無安打。「大観衆の前で、本当の自分がばれた気がした。けど、そこから何を挑戦するのにも怖くなくなった。あれ以上の恥はない」

 漫画家なきぼくろさん(36)は、高校3年で出場した2003年の夏の甲子園を大人になった今も胸に刻む。

成人年齢が2022年4月1日、20歳から18歳に引き下げられます。18歳のころ、どんな「オトナ」になろうとしていたか聞いてみました。

 PL学園の野球部出身という異色の経歴をもつ。自身の体験を基に描いた野球漫画「バトルスタディーズ」は今年、連載7周年を迎え、単行本の累計発行部数は390万部を突破している。

 中学1年だった1998年夏、横浜とPL学園の延長17回の試合にテレビの前で釘付けになった。苦しい場面でも笑顔の選手たちを見て、「なんて楽しそうに野球をやっているんだろう」。その姿に憧れ、「絶対PLに行く」と決めた。

 PL学園の野球部は、全国からスカウトされた18人しか入部を許されなかった。同じチームの先輩からは「お前がPLなんて無理や」と笑われた。「関係あらへん」と逆に燃えた。

 PL学園の過去の試合映像を見て、選手の動きまでを研究。それまで嫌々やっていた野球も、練習に自主的に取り組むようになり、推薦枠を勝ち取った。

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 16年夏を最後に休部が続くPL学園の野球部。在籍時の寮生活は、想像以上に過酷だった。相撲部屋のような付き人制度、上級生に使える言葉は「はい」と「いいえ」のみ、女性を見るのは禁止といった決まりまであった。

過酷な寮生活、「これ描いたの誰や」

 そんな生活を乗り切るのに役…

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