「ビートルズとは何だったのか」 糸井重里さんがたどり着いた答え

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定塚遼
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 「スタイルがなかった」「プロフェッショナルではない」――。糸井重里さんは敬愛するビートルズをこう評す。「絶えず問いかけていた」とも。50年来ファンが公開を待ちわびていた映像を大量に用いた、解散前年の4人を映したドキュメンタリー「ザ・ビートルズ:Get Back」の配信が、ディズニープラスでついに始まった。糸井さんはどう読み取ったのか。糸井さんが主宰するウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」編集部(東京・神保町)をたずねた。

 これまでの社会にあったものと全く違う価値観が放り込まれた。それがビートルズの登場でした。私は当時、中学生でした。今まで世界になかったものが現れて、そっちに行くのか行かないのか。誰もがそんな問いかけをされ、決断を迫られました。

 最初に耳に入ってきたのは「プリーズ・プリーズ・ミー」で、初めて買ったのは「シー・ラヴズ・ユー」でした。友達が買ったのも確認しながら、自分が買ったレコードが当たりか外れかドキドキしながら聴きました。

 彼らには、特定の型やスタイルがなかった。先日、横尾忠則さんともそんな会話になりました。画家でもスタイルっていうのが要求されるし、自分もそれをやればうまくいくっていうのが分かってくるから、どうしてもスタイルができていってしまう。でも、これといったスタイルがないのがビートルズなんですよね。

50年前、「レット・イット・ビー」で抱いた失望

記事の後半では、半世紀前に映画館で観た「レット・イット・ビー」で受けたショックや、映画「ゲットバック」を観て糸井さんが「忘れていた」というビートルズの本質、さらには、ふざけていたビートルズがステージに上がるときの豹変ぶりなどについて語ります。そして、「説明できないもののほうが器の容量は大きい」と語った上で、長年探し続けていた「ビートルズの魅力は?」という質問の答えを、ついに見つけたといいます。

 彼らは、どこかプロフェッシ…

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