漫画家・畑中純の人間賛歌 没後も輝く「まんだら屋」で味わう醍醐味
生きていればこその欲得に駆られ、充足を求めて疾走し、すべったりころんだり。
老いも若きも、男も女も、すっぱだか同然の姿で乱舞して、生活臭たっぷりの桃源郷が立ち現れる。
『まんだら屋の良太 九鬼谷温泉艶笑騒動譚』は1980年代の日本漫画界に隆起した大連峰だ。
畑中純(はたなか・じゅん、1950~2012)の代表作といえる全484話。清濁あわせのんだ人間賛歌が響きわたる畑中ワールドは、作者没後10年、その輝きを増している。
隠れ里あるいは桃源郷の群像劇
九鬼谷は九州北部の山峡に畑中がつくった架空の温泉郷だ。
やがて玄界灘に注ぐ神喜川の源流が街をつらぬき、湯煙ただよう石畳の路地にはヌード劇場、連れ込み宿、あやしげな遊技場のネオンが灯る。
町の四方は深い山。鬼が棲んでいるという草原があり、口減らしに乳児や老人を捨てた断崖があり、河童が暮らす大きな滝壺もある。
九鬼谷温泉郷を出入りするには峠を越えなければならない。
その地理の様相からしてすでに桃源郷あるいは隠れ里だ。そこを舞台に畑中は、性愛、金銭、権勢その他もろもろの欲望がはじけまくり、ときに事態はねじれて血や涙が流れるけれども、これ以外にないだろうと思わせる人間の物語を赤裸々かつおおらかに描いた。
大きな連峰にたとえた『まんだら屋の良太』には、いくつかの山脈がある。
そのひとつは、老舗旅館まんだら屋の次男坊の大山良太と、同じく夕月荘の一人娘の秋川月子、この幼馴染み二人を中心にした高校生たちの青春群像物語。これが第1の山脈だ。
性欲のかたまりのような良太。ことあるごとに関係を迫る良太に平手打ちで応酬するおすましやの月子。良太の悪友の鉄男と遊びほうける饅頭屋の久美子。村長の息子の光は女子たちの気をひくために硬派を気取る。高校を中退して芸者になる直美に思いを寄せる煎餅屋の弦。小倉の良家育ちで月子の文芸部後輩の白鳥翼は野性的な良太に熱を上げる。あけっぴろげな彼らに気おされる根津実といういじらしい若者もいる。
こうした常連のほかにもキャラが立った若者が忘れたころに登場し、それぞれが性春ときには凄春の門をくぐって少しずつ大人になっていく。
畑中は誰をも見捨てない
畑中は温泉郷の大人たちも存分に描いている。これが第2の山脈だ。
良太の母親、月子の父親。こ…
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