近くて遠い家族へ 新聞投稿で届ける若い言葉

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机美鈴 大阪生活文化部長 桝井政則
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 朝日新聞生活面の読者投稿欄「ひととき」は誕生から70年を迎えました。若い世代に新聞投稿の魅力を知って欲しい、読者のみなさんに若い世代の感性を伝えたい、と投稿サイト「かがみよかがみ」と連携して投稿を募ると、100通を超す作品が寄せられました。大賞、次点の作品をご紹介します。テーマは「家族に実は伝えたいこと」。

大賞「おじいちゃん、ごめん」 灘上恵理子さん(神奈川県鎌倉市)会社員・27歳

 同居していた祖父は認知症になって7年目、入院先の病院で亡くなった。

 だんだん意思疎通が難しくなり、暴れる祖父。話すことも食べることも分からなくなった。そんな彼と、彼の世話に疲弊する家族をひとごとのように見ていた私は、最低の孫だった。

 そろそろ家が崩壊するという時、祖父が肺炎になった。そのまま終身の入院が決まり、私はほっとしてしまった。ああ、これで家庭内戦争から解放される。

 約3年の入院期間で見舞いは2回だけ。やせ細り、寝たきりで変わり果てた姿を見ていられなかった。そろそろ3回目を、という頃に亡くなった。

 大掃除で、祖父が使っていたウンチにまみれたトイレを掃除した。脳裏に浮かぶのは、暴れる祖父でもやせた祖父でもない。認知症になる前の恰幅(かっぷく)のよい、常に穏やかな笑顔を浮かべた祖父だった。

 泣くな私。お前に泣く資格なんてない。このトイレ掃除は贖罪(しょくざい)にもならない、ただの自己満足だ。

 おじいちゃん。目を背けてごめん。見舞いにも行かずごめん。何もしなくてごめん。祖父不孝な孫でごめんなさい。

 灘上さん 「あえてきれいごとじゃない事実を」

 書きたいことはたくさんありましたが、あえてきれいごとじゃない事実を選んで書きました。祖父は3年前、92歳で亡くなりました。二世帯住宅の階下に住んでいましたが、私は大学生活や就活を理由に、祖父から目を背けていました。自分で学費を稼ぎながら戦後に大学に通ったことや、貿易関連の仕事をしていたことなど、死後に知ったことがいっぱいありました。もっと関心を持って、たくさん話せばよかった。祖父の死は、家族への接し方を改めるきっかけになりました。

■次点「父が黙っていたわけ」…

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