座敷わらし伝説の宿で過ごした一夜 レコーダーが拾ったのは誰の声

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編集委員・小泉信一
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 夕暮れ。西の空が赤く染まってきた。深い山々に囲まれた群馬県北部のみなかみ町(旧・新治(にいはる)村)にある猿ケ京温泉。戦国武将上杉謙信が関東攻めでこの地を通った際、自分のえとである申(さる)年にちなみ、命名したのが地名の由来という。

 「ここは三国街道が通っていたこともあり、与謝野晶子若山牧水ら多くの文人墨客が訪れた温泉地です」。そう語っていたのは三国路与謝野晶子紀行文学館(現在は休館中)の持谷靖子館長だ。

〈猿ケ京温泉〉1959(昭和34)年に完成した人造湖・赤谷湖(相俣ダム)の底には元々集落があり、4軒の温泉宿があったという。ダム建造に伴い、高台に移転した宿を中心に開業したのが猿ケ京温泉郷だ(現在7軒)。56・5度の硫酸塩泉。飲用すると慢性胆のう炎、胆石症、慢性便秘、痛風慢性消化器病などに効能があるといわれている。

 記録によると、江戸時代の1776(安永5)年、湯小屋がつくられたのが猿ケ京温泉の始まり。川の中にあった島から湯が沸いていたので「湯島」と呼ばれていたらしい。囲炉裏端では、古老たちがさまざまな昔話を子どもらに語って聞かせていたのだろう。

 その一つに「座敷わらし」がある。東北の岩手県で有名な妖怪だが、奥座敷や蔵に棲(す)み、糸車や板戸を鳴らすなどしていたずらをする。が、それがいる家は繁栄し、いなくなると家運が傾くといわれている。

 令和のいまも目撃情報がある…

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