変わりゆく沖縄の、変わらないこと 数字で振りかえる日本復帰50年

沖縄・本土復帰50年

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 今年の5月15日、沖縄の日本復帰から50年になる。豊かさを示す指標はよくなる一方、本土との格差もある。基地の負担割合は増し、沖縄戦の爪痕も残る。沖縄は、そして日本は、何が変わり、何が変わっていないのか。数字をもとにこの半世紀を振り返る。

人口

 日本の人口が減少に転じる中、沖縄県は右肩上がりが続く。復帰後1・5倍に増え、終戦直後の1946年(約51万人)と比べると3倍近くになった。女性1人が一生の間に産む子どもの数「合計特殊出生率」は1・86(2020年)と、全国平均(1・34)を大きく上回り1位。人口の8割は那覇市など沖縄本島の中南部に集中し、人口の偏りに伴う不均衡な経済発展や、都市部の交通渋滞が課題だ。

沖縄といえば、歌と踊り。こうした暮らしの特徴も、数字に表れています。記事後半でトリビアを紹介します。

収入

 18年度の県内総生産(名目値)は4兆5056億円と復帰時の9・8倍。一方、収入は低水準が続き、国の各主要統計では全国平均の8割ほどにとどまる。米軍統治下で極端な輸入型経済がつくられ、製造業が育たなかったことも背景にある。子どもの貧困率は16年公表の県調査で29・9%と全国平均の2倍、大学等進学率は全国最下位の39・65%(19年)と、福祉や教育面での格差も大きい。

経済

 かつて3K(基地、公共事業、観光)と言われた沖縄経済だが、現在は観光が主力産業に成長した。当初は戦没者慰霊から始まり、75~76年の沖縄海洋博や、航空各社のキャンペーンも背景に順調に拡大。観光客数は18年度に1千万人を突破した。県民総所得に占める観光収入は6・5%から14・6%に。しかし新型コロナで20年以降激減し、社会情勢に左右されやすい側面も浮き彫りになった。

米軍基地

 沖縄本島のあちこちで、フェンスに囲われた米軍基地が広がり、沖縄本島の14・6%を占める。米軍統治下の沖縄には、全国的な反基地運動の高まりを受けて本土から米軍部隊が次々と移転した。米軍は民有地を強制的に取り上げて基地を造成。国土面積の0・6%の沖縄に国内の米軍専用施設の7割が集中し、約5万人の米軍関係者が駐留する。米兵による事件や米軍機の事故も後を絶たない。

戦争の傷あと

 77年前の沖縄戦で使われた砲弾や爆弾は約20万トン。一部は不発弾として埋もれ、戦後2千件近い事故が起き、700人以上が亡くなった。復帰後は自衛隊が毎年500件超を処理しているが、県の推計では21年3月時点で約1906トンが残る。近年の処理ペースでは、すべての処理にあと100年近くかかる計算だ。

 沖縄戦では日米などで20万人以上が亡くなり、まだ多くの遺骨が地中に眠る。県の推計では、激戦地だった本島南部を中心に21年3月末時点で2794体が未回収とみられている。

2022年の沖縄

 沖縄では今年、大型選挙が相次ぐ。名護市長選が1月23日投開票。同市辺野古への米軍普天間飛行場宜野湾市)の移設工事を進める自公政権が支援する現職と、反対する「オール沖縄」勢力が推す新顔との一騎打ちの見込み。5月15日に本土復帰50年を迎え、6月23日は沖縄戦で組織的な戦闘が終わったとされる「慰霊の日」。9月29日は知事と宜野湾市長の任期満了となる。

 また今年はほぼ5年に1度開かれている「世界のウチナーンチュ大会」がある。沖縄からの移民やその子孫が集まり、親交を深める。前回は28カ国・地域から約7千人が参加した。

「雲一つない青空」、実ほとんどない 沖縄トリビア

 総務省の社会生活基本調査(2016年)によると、CDやスマホで音楽鑑賞をした年間日数は「142.2日」で全国1位。ポップスはもちろん、民謡や踊りも沖縄では身近な存在だ。多くのアーティストを生み出しているのも、こうした土地柄ゆえ?

 野球も大好きで、同じ調査で野球をする人の割合は「9.9%」でこちらも全国1位。高校野球は今や全国有数の強豪県となり、甲子園の時期には街角のテレビの前に人だかりができる。

 「青い空」のイメージが強いけれど、18年の快晴日数は「5日間」しかなく、全国最下位だった。海洋性気候で湿度が高く、雨や台風も多い。雲一つない青空に出会えたらラッキー?

 昼時になると、路上に弁当販売の露店が並ぶのは日常風景。総務省の家計調査では、18~20年平均の弁当購入額は年間「2万2406円」(那覇市)と全国1位だった。沖縄のお弁当は、ご飯もおかずもてんこ盛り。初めての人は、あまりのコスパにびっくりするかも。