東横線が来なくなった飲み屋街 原点もどって大道芸、取り戻した笑顔

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大宮慎次朗
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 新型コロナ対策で少し開けた扉からカントリーソングが流れ出す。音楽家や芸人が毎晩、パフォーマンスを繰り広げるライブバー。飲み屋街で知られる横浜・野毛のもう一つの名物・大道芸は、この店のオーナーが30年以上も前に始めた。

 「あのころ、街は疲れ切っていた」。バー「うっふ」を経営するIKUO三橋さん(76)が野毛に住み始めたのは1982年の春ごろ。間もなくして、線路を挟んで東側のみなとみらい地区では高層ビルが建設されていったが、野毛は街灯が少ないため薄暗かった。

 フランス・パリのサーカス学校などで10年間、パントマイムを学んで帰国した。劇場に出演して生計を立てつつ、「もっと色んな人に見てもらいたい」と野毛の路上で芸を披露した。集まった数十人は、投げ銭を求めるとさーっと逃げていった。だが、偶然飲み屋で居合わせた街の店主らには好評だった。「もっと街の真ん中でやってくださいよ」。つてをたどって20組ほどの芸人を集めた。86年に始まった第1回野毛大道芸は3千人ほどが集まり、IKUOさんは火吹き芸で歓声を浴びた。

 大道芸は次第に野毛の恒例行…

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    太田泉生
    (朝日新聞コンテンツ編成本部次長=人権)
    2022年1月13日19時43分 投稿

    【視点】私が初めて横浜に着任したのは2004年9月。 東横線横浜-桜木町間が廃線になった半年後でした。 着任直後に先輩記者に連れられて初めて野毛を知り、 それ以来、すっかり野毛に入り浸るようになりました。 当時の野毛では、東横桜木町の廃止で