「忠臣蔵」本が中国で売れる理由 格差社会で「復讐劇」に注目?

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松井望美
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 12月といえば、赤穂浪士の討ち入り。そんな感覚が、日本だけでなく中国でも広まるかもしれない。というのも、「忠臣蔵」など日本の歴史ものの書籍が中国で売れているのだ。日本について、より深く理解したいと思う中国の人々が増えていることが背景にある。

 「信じがたい。きっと何かの間違いだ」。野口武彦神戸大名誉教授(84)は、自著「花の忠臣蔵」(講談社)の中国語版が売れていると聞き、驚いた。講談社が現地の出版社に問い合わせたところ、約1万6千部が発行されたという。「ぼくは日本では『初版2千部ポッキリ、再版なし』と相場の決まっている物書きなのに……」

 野口さんは、日本文学日本思想史が専門の文芸評論家だ。「江戸の歴史家」でサントリー学芸賞、「幕末気分」で読売文学賞を受賞するなど、多数の著書を執筆してきた。

 2015年に日本で発売された「花の忠臣蔵」は、赤穂事件の背景として、幕府の貨幣改鋳政策による物価高騰の影響を指摘。吉良(きら)上野(こうずけの)介(すけ)が浅野(あさの)内匠(たくみの)頭(かみ)を冷遇したのは、浅野内匠頭が担当を命じられた行事の費用に関し、インフレを考慮せず、過去の記録などを参考にして出費を抑えようとしたことに不満を抱いたからだとの説を紹介している。

 金銭絡みのトラブルから関係がこじれ、ひどい言葉をかけられた浅野内匠頭が立腹して刃傷事件に至ったという構図。多くの歴史資料を踏まえ、吉良邸への討ち入り場面なども、詳細かつダイナミックに描いた作品だ。

 華やかな筆致ながら情報量は非常に多く、易しい内容ではない。だが、中国の書評サイトには、じっくりと読み込んだことがうかがえるコメントがずらりと並ぶ。

 《本書が面白いのは、忠臣蔵の物語を、貨幣経済の浸透という時代背景のもとに置いて読み解いたところだ》

 《細部の描写が面白く、アングルも奇抜。江戸城での刃傷事件は結局、お金と関係していたこと、哀れむべきか悲しむべきか》

出版社も驚いた意外性

 野口さんは、「主君への忠義のため隠忍自重し、ついに本懐を遂げる武人の姿といういかにも日本的な人間像を受容する理解力、洞察力、洗練されたセンスをそなえた一定数の読者が(中国に)存在しているという事実に感服した」という。

 中国で出版されたのは2019年。北京の現地法人を通じて、中国の出版社から翻訳書出版のオファーを受けた講談社も驚きを隠せない。

 「中国でニーズがあるテーマは、中国と関わりがあるものか日本の近代史関係と思っていた。そうでない忠臣蔵にテーマを絞った本書にオファーが来たことは意外だった」。同社の北岡森生・国際ライツ事業部次長はそう振り返る。

 北岡次長は、「日本の近代史の背景には武士道精神があるという観点が中国にあり、武士道精神に対する興味は、歴史背景を理解するためとしての側面が強い」とみている。

人気は忠臣蔵だけじゃない

 忠臣蔵だけではない。今年6…

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    古谷浩一
    (朝日新聞論説委員=中国政治、日中)
    2021年12月30日19時0分 投稿

    【視点】直接のコメントにならず恐縮なのですが、数年前、北京市・三里屯の書店をのぞいたとき、その店のベストセラーの外国書籍部門トップに「枕草子」の中国語訳版が選ばれていて、へえと驚いた経験があります。 店の人に尋ねたら、日本の古典はよく読まれている