秋田で発掘した物語を届けたい 映像会社起業の若者2人

高橋杏璃
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 ある大根との出合いをきっかけに、秋田で起業した若者がいる。京都府京田辺市育ちの栗原エミルさん(25)と、札幌市育ちの松本トラヴィスさん(23)。いまは秋田市内で、映像制作会社を営む。

 2人は秋田市にある国際教養大の卒業生。「行きたい大学がたまたまあった」程度で、当初は秋田で働くとは考えていなかった。

 転機は、在学中に取り組んだドキュメンタリー映画制作だった。栗原さんは留学先の地中海キプロスで、松本さんは中学生のころから趣味で、映像技術を勉強。卒業前に何か撮りたいと考えていた2019年の夏、知人の農家から「栽培が途絶えてしまった大根を復活させようと思っている」と聞いた。

 それは「沼山大根」と呼ばれ、秋田県横手市の沼山地区でかつて育てられていた伝統野菜だった。ふつうの大根よりも細身だが密度は2倍。かための食感で、苦みが強いものの、火を通すと甘みが出る。秋田名物の漬けもの「いぶりがっこ」を作るのに適していたが、地区の高齢化で栽培する人がいなくなってから15年がたっていた。

 県農業試験場に保存された種が残るだけだった沼山大根を自分たちの手で復活させたいと、その農家は熱く語った。眠っている種の目を覚まさせる取り組みに、「これだ!」と感じた。

 収穫までの半年間、授業の合間を縫って撮影した。農家たちにインタビューを重ねるうち、大量の農作物を安定して供給するため、出来にばらつきのある伝統野菜が育てられなくなっていった事情など、食にまつわる課題が見えてきた。

 「自分たちだけにとどめていてはいけないという思いが強まっていった」と栗原さんは話す。海外の大学院への進学をやめ、同じ思いだった松本さんと映像制作会社立ち上げを決意。短編映画「沼山からの贈りもの」をつくり、20年7月の関係者を招いた試写会を皮切りに、県内各地で上映会を開いた。

 松本さんは「東京にいたら映像はやってないと思う」と言う。「都会には発信する人がうじゃうじゃいる。秋田は発信しなくちゃいけない課題や魅力がたくさんあるのに、届ける人が足らない」。秋田にいる自分たちがつくる映像だからこそ、共感を得られたり、やがては人の行動を変えられたりするかもしれない。

 会社名は、見えない価値を掘り起こすという意味の「アウトクロップ」。従業員4人とドキュメンタリーの制作を続けつつ、企業や自治体のプロモーションビデオ制作でも収入を得る。

 昨年11月、自分たちが選んだ作品だけを上映するミニシアターも秋田市内で始めた。客席は16席。居合わせた人たち同士で映画から得た気づきを共有してほしいと、上映後は一人一言、感想を言ってもらう。

 12月の上映会に訪れた女性は「秋田生まれの自分も知らない野菜を守る取り組みがあることに、希望を感じた」と言い、2人に「秋田に残ってくれてうれしい」と語りかけた。客同士も自然に会話が始まっていた。2人が発掘した物語に心を動かされた人の輪は、少しずつ広がっている。(高橋杏璃)

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 栗原さんの父はドイツ人で、キプロスでは首都にあるニコシア大で学んだ。松本さんは父がオーストラリア人で、留学先のカナダ・トロント大では政治哲学を勉強した。

 「沼山からの贈りもの」は、全国地域映像団体協議会(全映協)グランプリの学生部門で最優秀賞の文部科学大臣賞を受賞。映画を通じて沼山大根を知った東京の企業「良品計画」から声がかかり、昨年には都内の無印良品で、沼山大根の販売会と映画の上映会が実施された。秋田市のミニシアターでの上映日程は、アウトクロップのホームページで確認できる。